東本京史 「トラちゃん文庫」


                                           この小説はフィクションです



               「猿 若」  4



「慣れたら印刷機の操作教えるから、職人になったらエエ。


ワシは月に二回ほど営業に回るから、


譲二が覚えてくれたら安心や。


うちで一緒に生活したらエエけど遠慮するやろから、


この奥に六畳間がある、その方が自由やしトイレもある。


飯は嫁ハンが作るから、それを食べたらエエ」


 とりあえず落ち着ける、譲二は慌てる事はないと即答した。


とりあえず今晩から飯は食える、寝床は一人の方が都合がエエ。


慌てることは無い、じっくり作戦を練ってからや。


裏腹の返事を返し、頭を下げた。


校長と言いかけたが今は農家のおっちゃん、


山本さんと言い直した。


女房に言いつけたのか、すき焼きで歓待してくれた。


久しぶりの肉とビールに舌鼓をうった。


「どうやこの肉うまいやろ、何の肉か分かるか?」


 譲二は肉を見つめた。


「知らんのは無理ない、ここの山奥で獲った猪いのししの肉や。


あんまり煮込んだら硬うなるから、火が通ったら早う食べなアカン」


 譲二は猪の姿が思い浮かばなかった。


「冬場になったら、猪狩りに連れて行ったるからな」


 顔が赤くなった山本が得意げに話す。


嫁は、余計な者がきたとばかりに仏頂面ぶっちょうずらのままだ。


俺の顔が黒いからか、それとも兄貴の事が有るからか。


譲二にとって、女房の顔色なんてどうでも良かった。


俺の相手は、校長山本だけや。


 部屋に戻った譲二は、酔い覚ましに窓を開けた。


大阪市内の夜空とは全く違う星空に見入った。


キラキラ輝く星が降ってくるようだ。


流れ星が長い尾を光らせ、飛び去った。


兄貴の星だと譲二は思った。


兄貴よう見とってくれよ、敵の陣地に入り込んだぞ……


                          -つづくー


              トラちゃんのスケッチ


東本京史 「トラちゃん文庫」