東本京史 「トラちゃん文庫」


                                           この小説はフィクションです



                       「唯 識」  19



 龍蔵は、ビル前の喫茶店で一時間近く時間を潰した。


窓越しに見えるビルの玄関を注視する。


やがて黒鞄を持った藤村が出てきた。


姿が遠退いたのを確かめ、再度料理学園を訪れた。


「どうしましたんや、何か忘れ物ですか?」


 理事長の村山雄三が笑みで迎えた。


「チョット聞きたい事があって舞い戻ってきましたんや。


今、中央信金の藤村ハンが来てましたやろ?」


 豪華な応接セットに座った。


「藤村を知ってますんか? 彼はウチの生徒ですんや」


 管理人に聞いた通りの答えが返ってくる。


「勤務中に料理教室に通うなんて、エエ身分ですな。


つかん事聞きますけど、


理事長のとこは信金の取引は無かった筈やけど、


中央信金と取引を始めましたんか?」


 管理人に聞いたことを問い質した。


「さすが龍蔵ハンやな、犬よりエエ嗅覚してるわ。


藤村は、半年ほど前に飛び込みでやって来ましてな。


料理が好きで、勉強したい言うことで入学したんですわ。


それから付き合いが始まったんやけど、


信金は小回りが利くから役に立てる言うもんやから、


学園名で口座を作りましたんや。


今建設予定の七つ目の学園開設に準備金が必要やったから、


一千万ほど融資してくれ言うたら、二日後に届けてきましたんや。


ウチのメーンバンクに頼んだら一週間以上かかるのに、


わずか二日で段取りしてきたのには驚きましたわ」


 理事長が卓上のタバコを勧めてくれた。


「二日で一千万? ナンボ信金でも早すぎますな。


支店長決済でも、そんな早う段取りできませんわ」


 あまりの素早さに龍蔵は驚いた。


「ヨッポドの担保保障をしたんですやろ?」


 不審に思って聞いてみた。


「それがな、無担保なんや。


ウチもな、二年以内に学園を十箇所にまでする目標があってな、


テレビなんかの宣伝費もばかにならんのや。


担保に出せるもんは、すでにメーンバンクに抑えられとるんや。


龍蔵ハンとこで借りたんも、


まともな担保が無いから頼んだんですがな。


調査した筈やから、龍蔵ハンが知らんはず無いわな」


 理事長が悠然とタバコを吹かした。


                          -つづくー


              トラちゃんのスケッチ


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