東本京史 「トラちゃん文庫」


                                           この小説はフィクションです




                     ⑲  「茶番」  8




「お美津はどこいった? お美代は、お美代は言うて、


泣きながら夢遊むゆう病者みたいにホッツキ歩くんですわ。


泣きの源吉ですわ。気が狂うたんかと思いましたわ」


 鉄が摘つまみを出した。


「ホンデ、正気に戻ったんですかいな?」


 龍蔵が問いかける。


「完全に戻った訳やないけど、症状は治まりました。


そやけど安心はできません、こんな状態でほっといたら、


また薬ヤクに手を出します。


一度薬を覚えた者は、よほどの覚悟がないと、


また薬に溺れるんですわ。


薬以外の何かに夢中にならす必要を感じました。


ワシは源吉を引っ張って、


浅草六区の師匠のとこへ頭下げに行きました。


事情を話して、


人助けや思うて、再入門さしてやって欲しいと頼んだんです。


渋ってた師匠も、ワシが真面目にやってたもんやから、


やっとの事で許可してくれました。


それからは、朝から晩まで源吉と一緒の生活が始まりました。


お陰で薬の症状も治まって、芸事に打ち込む毎日が続きました。


師匠が借りてくれたアパートで一緒に暮らし始めたんです」


 旨そうに酒を飲む。


「ホンナラ、めでたしメデタシやないか」


 龍蔵が相槌あいづちを打つ。


「薬ヤクは治まって万々歳でしたけど、今度は泣きの源吉ですわ。


六区に近い食堂で毎日飯食うてたんやけど、


帰り道に必ず駄菓子屋に寄りますんや。


お美代ちゃんのお土産ですわ。


部屋にダンボール箱で作った仏壇が有りますんや。


二人が死んだと思い込んでる源吉は、


そのお菓子を供えて、語りかけては泣きますんや。


それが毎日ですわ、ワシは見かねて、


真面目にやってたら、


キット帰ってくるからと励ますしか無かったんです。


お美津ハンは美代ちゃん抱えて何処へ行ったんか、


全く消息がつかめませんでした」


 お銀が、摘みを勧める。


「今でも行方が分からんの?」


 お銀も気になる。


「あるとき、親戚を頼って大阪に行った言う情報を耳にしました。


そうなったら源吉は落ち着きません。


大阪に行きとうて堪たまらんようになった源吉は、


師匠に話して大阪行きを決断したんです」


 龍蔵とお銀は、顔を見合わせた。


                          -つづくー


               トラちゃんのスケッチ


東本京史 「トラちゃん文庫」