東本京史 「トラちゃん文庫」


                                            (この小説はフィクションです)




                    ⑭  「余 命」  (15)




   財産を脅し取ろうとしている喜蔵に、


何の事情があると言うのか。瀧蔵が座を構えた。


「聞くとこによると、喜蔵が押しかけて来て、


財産をよこせ言うて息巻いたらしいけど、


喜蔵に事情が有るて、どう言う事ですの?


詳しゅう話してくれますか」


 話を聞かないと対処できない。


「主人が健在やった頃、


喜蔵ハンはウチに日舞を習いに来てましたんや。


親御おやごハンが漁師には向かんし、


芸事が好きやから踊りを教えてやってくれ言うて、


連れて来たんですわ。


筋がエエもんやから、メキメキ腕を上げましてな。


主人が跡継ぎにすると言い出すまでになりましたんや。


そこで考えたんが、娘の多美との結婚です。


ところが、その話に多美が乗ってきません。


さんざん問い詰めたら、


結婚するんは喜蔵の兄源一やと言い出したんですわ。


主人はカンカンに怒って、勘当を言い渡したんです。


日舞の後継ぎもできたと安心した束の間の事やったから、


主人は気が立ったんやと思います。


それに、似た者夫婦言いますけど、主人も頑固者で、


意地を張りだしたら引っ込めるような人やないんです。


源一ハンは漁師ですわ、嫁いだら苦労する思たんですわ。


そんでも多美は意地を張りましたんや。


自分の相手は自分が決める言うて、家を飛び出したんです。


強情な多美は、それ以来一回も帰って来ませんでした。


 喜蔵ハンも夢破れて、それも、原因が兄貴やったもんやから、


家飛び出してグレテしもたんです。


競輪競馬に博打、しまいにはヤクザと付き合うようになって、


とうとう強盗事件で刑務所に入りましたんや。


最近刑務所から出てきた言うてましたけどな。


喜蔵ハンがこの二人の事を心配して、


財産を渡してやってくれ言うて来たけど、


何かオカシイ思いましたんや、信用できませんわ」


 文子の説明に聴き入った。


「何で信用できませんのや?」


「そらそうですやろ、自分の結婚を断られて、


兄貴と一緒になって生まれた子ですで。


その子らに、財産与えてやってくれ言うて来るんは、


オカシイですやろ、筋が通りまへんわ


恨みが有る筈やのに、二人の事に力を貸す。


これは不自然ですで」


 文子祖母ちゃんの話には一理ある。


瀧蔵は、話の長引くのを予想した。


                          -つづくー


              (トラちゃんのスケッチ)


東本京史 「トラちゃん文庫」