東本京史 「トラちゃん文庫」

(この小説はフィクションです)



             ⑩  「入 舞」  (26)




岩太郎に注目するのを尻目に、岩次郎は俯うつむくだけだ。


龍蔵は、この態度が気に食わなかった。


ここまで案内した迄は良かったけど、何で喋らんのや。


何も喋らんのは、不都合な事でも有るんか?


それとも、薬ヤクの取引の事で頭がイッパイなんか?


「岩次郎ハン、アンタえらいおとなしいな。腹でも痛いんかいな?」


 誘いを掛けた。


「……スンマセン、チョット考え事しとったもんで」


 言葉少なに返答する。


コンナンデ、獄門会で薬の取引を仕切ってるなんて考えられんわ。


龍蔵は煮え切らん岩次郎を後廻しにした。


兄貴を前にしては、話しにくい事が有るんかもしれん。


こいつも、何らかの事情は知ってる筈や。


後でゲロさしたる、兄貴の話が終わるまで待っとれ。


龍蔵は、岩太郎に目線を移した。


「美恵子言う女は、殺された紳助の嫁ハンと違いましたんか?」


 疑問が出る度たびに確かめなアカン。


「それは、偽装結婚なんですわ。


笹本が小遣いやって、二人が結婚したように細工したんですわ。


その原因を作ったんが会長ですわ。


六十も過ぎたオヤジやけど、シコタマ元気なんですわ。


特に女には目が有りまへんのや。


笹本が言うには、


美恵子を嫁ハンにした挨拶に、獄門会へ連れて行ったら、


話もせんウチに、この女を世話せえ言うて、


耳打ちされたらしいんですわ。


咄嗟とっさの事で、自分が何しに来たんか忘れてしもうて、


急場凌しのぎに、人の嫁ハンやから無理やと断ったらしいんですわ。


そのとき頭に閃ひらめいたんが、


おんなじアパートに居った紳助を、


旦那に仕立て上げる思いつきですわ。


結局自分の女やとも言い切らんで、退散しましたんや。


そやけど、ヒツコイ会長は諦めきれんで、


若い衆を使うて美恵子の身体を拐さらいましたんや。


そん時ですわ、抵抗した紳助が殺られたんわ。


紳助もナンボ偽装や分かってても、


笹本から小遣い貰もろうてる手前も有るし、


ナンボか気が有ったんか、抵抗したんがアダになりましたんや。


会長は、亭主が死んだんやから、


遠慮のう頂く言うて美恵子を囲うたんですわ。


笹本は我慢ならんかったんですわ、跡目を断念させられた上に、


女まで寝取られてヤケニなったんですな。


堪忍かんにん袋の緒が切れて、


美恵子を誘い出して殺ってしもたんですわ。


美恵子から、先のないアンタより会長に囲われた方がマシや、


未練がましゅう寄り付かんで欲しい、と、言われたそうですわ」


 生々しい話が続く、誰も口を挟まない。


                              ーつづくー


 (トラちゃんのスケッチブック)



東本京史 「トラちゃん文庫」

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