今回、僕が観劇したのは、『リリパット・アーミー2』という劇団である。この劇団はそもそもあの中島らも氏が、86年、『笑殺軍団 リリパット・アーミー』として旗揚げ・主宰した劇団で、今回で何と40回公演を迎える栄えある伝説の劇団なのだ。所が、様々な事情(注1)を経て、今は、中島氏の愛弟子? 件マネージャーだったわかぎゑふ女史が主宰している。
 今回の東京公演は、下北沢の本多劇場。きっと、今回も、この冊子の編集長である高田先生が、会議で「中島らものところが色んな意味で、今、おもしろいんじゃないの?」なんて先生特有のケラケラ笑いをしながら、とってもライトな思い付きで、この劇団をレポートすることが決まったのだと思う。その証拠に、始め、今年のM-1を制した、「ますだ・おかだ」君達の10周年記念公演を観る予定だったのだが、急遽、こちらになった。「ますだ・おかだ」君達を楽しみにしていた僕としてはちょっとがっかりころりんだったのだが、『リリパット・アーミー』を観て、驚いた。 僕は、個人的に『リリパット・アーミー』なる存在は知ってはいたが、実を言うと、観劇するのは今回が初めてであった。下北沢本多劇場、雨の中でもお客さん満員。もともと大阪に活動拠点を置く劇団なのだが、どうやら東京でも固定客が定着しているらしい。でも、お客さんをよく見ると、ちょっと変わっている。どう言ったらいいのか、お客さん達が、ちょっとSFチックなのだ。街で、変わっている人(個性的な人々と言おうか? ユニークな人々と言おうか? 独特な人々と言おうか? 堅気では無いと言おうか? 宇宙と交信できそうな……つい、君、留学生?と聞いてしまいそうな……)の集団。 僕が今通っている早稲田大学にもよくこんな人がいるな~~でも、僕個人としては、ちょっと距離を置きたいな~ちょっと、一緒に鍋囲めそうにないな~と思ってしまう、そんな人々の集団なのだ。同じ、変わったお客さんでも、清水宏君のライブに来るお客さんとは、また一線を画しているって感じ。劇団が表現する演劇の色は、お客の色を観れば分かると思う。全くその通りで、劇自体、実に不思議なワールドだった。
 実はその日、芝居が終わってから、大竹まこと氏やナイナイの岡村君らと食事(未来的健全合コン)の約束をしていたので、1時間くらいで適当に出ようと思っていたのだが、思わず引きこまれ、不覚にも最後まで観てしまった。 
 物語は2103年、今から丁度100年後、人類が宇宙に住居を移しつつある時代の話。そして、今回のテーマは「食」。月や火星、宇宙コロニーに人が住むようになった未来に、中華街が存在するのだ。タイトルがズバリ「空天華!」「そら」、「てん」そして「はな」。「空天=宇宙」 「華=中華」 つまり「天」に「宇宙」があり、「宇宙」に「中華」がある。「中華」とは「中華思想」のことで、次代の「宇宙」は名実共に「中国」が支配するのでは? という壮大で崇高な問題提起なのか? と思いきや、これは、単なる大阪弁の「くうてんか?」という言葉の洒落らしい。ガックリ!
 しかし、この劇団の中華シリーズは、明時代から始まり、「破天鬼」という前回作で現代まで時間軸を追い、今回は未来に行くしかないということで、今回のようなストーリィが決まったらしい。そんなお気楽な思い付きとは思えないようなディープな仕上がりである。しかも勧善懲悪で、「中国人って、未来、宇宙に行っても中華料理食うんだろうな~」という発想から、食って闘うというストーリィになったらしい。起点はとっても軟弱でふわふわなのだが、芝居はどうしてどうして、哲学的な臭いがプンプンするのだ。何せ、宇宙の中に中華街があるのだ。そこに、悪と善があり、民族と思想が混在する。 
 劇の途中で、何やらゲストコーナーがあり、毎日日変わりでゲストが登場し、トークなんかやっちゃうのだ。てっきり、中島らもさんが来るのかな? と思いきや、僕の行った日は、「植本潤」氏と「八代進一」氏という人物(申し訳無いが僕は、彼らが何者か、知らない)が猿回しの格好で登場し、中途半端なアイドル路線の歌を歌ったのだ。リハビリのようなダンス、中途半端に上手い歌。乗れそうで乗れないリズム。聞いている方が、何か晴れない、苛立ちを感ずる楽曲。文字通り、音楽ハラスメント。不快、いや、決定的な不快では無い不快。熱帯雨林を裸足で歩くみたいなanxietyな不快。海で泳いだ後シャワーを浴びずに寝るみたいなアンニュイな不快。夏の満員電車の中のおじさんのポマードの臭いみたいなブリリアントな不快。とにかく不快なのだ。でもずるずる居てしまった。そんな歌を聞かされても、知らぬ間に拍手していた。まるで、旦那にDVを受けている主婦が、吸いこまれるように家に帰ってしまう、そんな不思議な芝居、それが『リリパット・アーミー』なのだ。やばいやばいと思いながらも、つい入信してしまった新興宗教のように、自分が今何をやっているのか分からなくなってしまう。 我が子を『リリパット・アーミー』から足を洗わせるために親が弁護士に相談するみたいな………ひょっとすると公安が動く、みたいな………そのうち、きっと被害者の会ができそうな………そりゃ、中島らもさんがドラッグに走るのが分からないでもないと思わせる劇団、それが『リリパット・アーミー』なのだ。ああ!『リリパット・アーミー』わが友よ! 同胞よ! そんな僕も今やすっかり、リリパットの虜!    すっかり、イニシエーションにかかったような気がする。
 注1)週刊文春 2月20日号関連記事参照  様々な事情とは、一言で言って、中島氏の酒とドラッグらしい。何でも、中島氏は、泥酔して糞尿を垂れ流すらしい。その度に、劇団員が、身体を拭いて病院に運び込んだらしい。今回問題化されたマリファナについては、合法とされているオランダでは吸っていたらしい。そして、氏は、「日本に持ち帰ろうなんて、絶対に考えるんじゃないぞ!」と周りに盛んに念を押していたが、自分が持ち帰っていたらしい。普段から鬱病的であったらしい。ある日、突然、部屋中をめちゃくちゃに引っ繰り返して嬉嬉として飛び跳ね、いきなりライターに火を点け「世の中には光と影があるんだ」!と叫んだり、「ミュージシャンになりたい」と言って、舞台で勝手に意味不明の歌を20分も歌ったり、とにかく奇行が相次いだらしい。           (2610文字)