19日(土)夕方の浅草キッドとのラジオが終わった後、外は雨だったので走れず、家に帰って。グローバル化と社会変動についてお勉強。もっと英語とか政経やんなきゃいけないのに・・・・・・・つい、関係無いもんに手を出してしまう。しかし、英語は、ヒァリングがからっきし駄目だ。木曜日のエクステンションの授業、TOFEL500点コース(CBT173点コース)つまり初歩なのに、ヒァリングが半分くらいしか正解しない。それも、その半分は山勘。トホホホホ~読み・書き・リテラシーはまぁまぁ出来るんだけどな~ネイティブの会話は速くて発音が聴き取り難い。とくにTOFELは1回しか聴かせてくれないから・・・・・・・・・2回聴くと、比較的分かるんだけどな~ま、当たり前か・・・・・・・・・・言語のグローバル化である・・・・・・
 「統一された言語、アイデンティティ、そして政治によってそれぞれが閉ざされたような国民社会の実験室的な枠組みは、もう限界に来ている」 現在の、朝鮮民主主義人民共和国である。民主主義と謳っていながら、民主主義は必ずしも成立していないのではないだろうか? 実際、スターリン主義の中には民主主義は存在しない。 従来の国家の提議が見直されなければならない現代コスモポリタン社会において、まだナショナルを標榜する国家。 それらとそれらの国を母国とする民族が幸福かどうかの価値意識と相対は別にして、今後ますます、日常的なナショナリズムは切り崩され、我々はグローバルな過程や現象に統合されて行くのだ。
 文化統一主義とでも表現しようか? グローバルとナショナルの二項対立とでも言うべきか? 何度も言うが、それらの幸不幸の相対化はさて置き、名実共にアメリカの統一スタンダードであるグローバリゼーションの強化は、テロを生み、数多くの民族の抵抗と不満と犠牲を生んでいる。 
 人類の歴史上、その社会システムの変化には、いつの日も、多くの人々のかけがえのない血が流されて来た。
 しかし、それでも世界社会の多くは帰結を希求している。グローバル化という帰結だ。その帰結には淘汰が必然だ。どうやら共存はあり得ないらしい。この点において、人類は過去に何一つ学んでいないと言える。「お互いの文化の違い、価値観の違い、宗教の違い等、差異を認め、お互いがお互いを尊重し合い、平和的共存をなすべきである」 所詮、一部のフェロー達の机上の戯言か? 
 一説によると、北朝鮮は広島クラスの核(ウラン型)を数個保有していると伝えられている。そして日朝首脳会談で、総書記は「アメリカと、核戦争をやってみないとどちらが優位か分からない」と発言したと伝えられる。拉致問題も重要だが、同じく核保有の問題も最重要課題だ。核を保有する国の最高指導者が「やってみなきゃ分からない」と、もし本当に発言したのなら、これは忌々しき問題だ。これだから経験主義者は厄介なのだ。それこそ、英雄主義・盲動主義と言えるのではないだろうか? 核の使用は、双方を壊滅状態にする。核戦争に勝者はない。そればかりではなく、周辺国にも多大なる被害を及ぼす・・・・・・・・・まぁ、ノドンが発射された瞬間、アメリカの迎撃ミサイルが作動すると思うが・・・・・・・・・・・それにしても、チェルノブイリの事故がグローバル化を証明し、促し、人類にナショナル的枠組みの限界を付き付けた過去を教訓とする意志も無いというのか・・・・・・・・・・・まぁ、軍事的核と産業開発的核とは、その位置付けは異なるとしても、原子力発電所を多数保有する我国も心せねばならないのだが・・・・・・・・・
 北朝鮮の核開発に加担したのは、パキスタンと伝えられる。核を保有すること、つまり軍事的優位に立つことが、必ずしも抑止力にはならない。 その事を最も認識しなければならないのは、アメリカなのだが・・・・・・・・・現在の取り敢えずの脅威と懸念は、国家テロ組織の手にその核が渡る事である。もしかするともう手遅れかも知れないが・・・・・・・それだけは断じて阻止しなければならない。それが、グローバル化の本質なのだから・・・・・・・
 それにしても、浜本富貴恵さんの天真爛漫な笑顔には、救われる気がする。拉致されてから、関係者に他の人との結婚をすすめられたが、「私には、決まった人(地村さん)がいます」と断固断り続けたと言う。昨今の日本人女性が忘れかけている、菊池寛の名作『真珠夫人』にも見られる純潔、貞操観念、大和撫子感、奥ゆかしさ、・・・・・・・・・・・・・・・・・まさに、美談だ!