堀江社長の口調が一転してソフトになったけど、あれって一体どうなんだ? 「従業員様」って、尊敬しているのかしてないのか? 思わず吹いてしまった。そこまで変わらなくたって(笑)。あの人あまり自己演出に長けて無いと見える。側近も何も言えないのだろうな。やっと進言した結果があれなのだろうけど。心の中でいくら乗っ取ろう(支配しよう)と思っていても、最初から今回のような低姿勢・謙虚な態度でいれば、もっとスムースに話し合いができ、今よりは反感を買うことは無かったと思うけど。 あまりクレバー・スマートとは言えない印象である。ゲーム力(りょく)・社会力はあるけど社会性・倫理性・社会化はどうなのだろう? という感じである。 まぁ、様々な面で、今後反面教師として大変勉強・教訓になることは確かである。「人間万物これみな師なり」。それにしても、ライブドアの記者会見でいつも隣に座っている謎の若い副社長。そして美人秘書。う~ん。どうも気になる。
今度はニッポン放送が持っているフジテレビの株をソフトバンクに貸したらしいね。終にホワイトナイトの出現か? しかし、フジテレビはデフェンスに必死だね。まぁ、そりゃそうだろうけど。いずれにしろ、両弁護士の知恵比べと言ったところか。
ニッポン放送がライブドアに支配されたら出演しないと言った方々はフジテレビならどうなのだろう? フジテレビをライブドアが支配したらやっぱり出演拒否されるのだろうか? しかし、時代のステージは確実に変化している。全てはアメリカンスタンダードへの流れであるけど・・・・・・
早稲田大学の第二文学部が無くなるらしい。第一文学部と第二文学部は合併し、他に芸術系の学部が出来るらしい。つまり僕が卒業した学部は無くなってしまうのだ。卒業したばっかりなのに、複雑な思いだ。これも時代の新しいステージということか。
大学といえば、昨日あるテレビ番組で「学歴は必要か?」 というテーマでタレントや若者達がやたら真剣に議論していた。新しい時代のステージに直面している今日、最早取るに足りない議論である。議論したかったことは、厳密に言えば「学歴」ではなく「学校歴」なのだと思うが。 その中で、ある俳優さんが、「学歴より人間力の方が重要である」という趣旨の発言をされていた。勿論、氏の言う通りである。少し補足させて頂くなら、学歴より人間力を獲得する方が遥かに難しい。社会で力強く生き抜く人間力を果たしてどれくらいの人間が現代において身に着けているのだろうか? 人間力を獲得するのが難しいから、それより平易で短期に獲得できる学歴(学校歴)を生きる武器として獲得・活用するというアイデアである。高学歴を手に入れるのに特異な才能は要らない。逆に言うと才能のない人のための保険ということができる。知識・学力・思考力・創造力などとは必ずしもイコールではない「学歴」というツールは、他にとりわけ何も才能が無い、つまりそれ(学歴)が無いと社会を有利に生き抜くことが出来ない人間が、自らの世界・人生で他者より優越しているように見えるそれなりの最大幸福を追求するため(つまり生きるため)に獲得しようとする最も安直な最終手段なのである。
人生のある一時期(瞬間)のある特定の学力をもって、能力の判断基準としなければならない会社や組織、社会システムが今以って現存していることがまたそのことを担保しているといえる。つまり大多数の凡才・凡人(私を含む)達が自らを保護・正当化するため、いや自らを最大化するために長い歴史をかけて拵えた虚構の社会構造とも言えなくも無い。誤解の無いように言っておくが、私が大学に通っているのは、学歴(学校歴)の獲得が主たる目的ではない。学力・思考力・判断力・想像力等々、加えて生涯を通じて学ぶ姿勢・意欲等を体系的に養いたいからである。それらを自分なりに獲得できたと判断できたらいつでも去る覚悟である。「走り」は別に健康や栄光を手に入れたいためではない。あえて自らを極限に置き、より高みに向かってチャレンジすることによって自己研鑽することが主たる目的である。