【観光の原点ここにあり!】

先日観光協会の友人に紹介してもらって、宮崎市内で個人タクシーを経営している樺木野 辰巳(かばきの たつみ)さんを訪ねた。お仕事が終わられた夕方に訪ねて、お暇したのが 23時過ぎと5時間近く様々なお話を伺ってきた。その中には宮崎観光への珠玉のアドバイス が数多くあり非常に清々しい気持ちになることができた。

樺木野さんは昭和15年(1940)生まれの64歳。東京で繊維衣料品メーカーの営業をされて いたが、昭和42年(1967)に宮崎に帰り、タクシー運転手として宮交タクシーなどに勤務後、 個人タクシーを開業している。樺木野さんがなぜ有名かというと、その温厚な人柄やきめ 細かいサービスで全国各地からお客様からの指名があり、その姿勢は宮崎の観光への 発展に寄与するところが大きい、として県や市の観光協会、JTBなどから数多く表彰されて いる。

まず樺木野さんのタクシーを見せてもらった。磨き上げられたタクシーにはスリッパやおし ぼりが常備され、ちょっとした応接室のような雰囲気だ。もちろん樺木野さんは室内では タバコは吸わない。私もバス会社に勤務していたので、“快適な車内”の重要性は痛感して いるが、このタクシーであれば何時間でも快適に過ごせそうだ。タクシーの中にハンディ ビデオがあった。これは何かと尋ねると「観光のお客様に観光地でビデオを撮って、別れる 際にあげる」のだそうだ。もちろん無料で、である。

そして自宅にお伺いすると、ドアの入口に大きな布袋がおいてある。奥様にそれを見せて もらうと中には大量の住所録が入っていた。そこにはいままで乗せたお客様の名前や住所、 いつ・どこに行った、などのデータが細かく書き込まれていた。奥様は「火事になったときでも これだけは持ち出せるように」と常にドアのそばに置いているということだった。なんと毎年 出す年賀状は5000枚を超える、ということだ。

樺木野さんは誇りを持って仕事をすればこんなに面白い仕事はない、と語る。心を込めて 案内すること、それもお客様の雰囲気、天気、疲れ具合などをすべて判断してその日のベスト なプランを考える。お客様のプライバシーに配慮しながらも適切なアドバイスをする、という 姿勢はドライバーというより完全な旅のパートナーだ。年賀状も出したものの7割は返ってきて、 自宅にはお客様からの贈り物が溢れている。もはやドライバーと乗客、というより友人同士と いう感じで、いかに樺木野さんがお客様から信頼されているか分かるし、紹介が紹介を 生んで樺木野さんは個人タクシーになってからいわゆる“流し”をほとんどしたことがないという。

もちろん相手があることだから、自分が既に仕事が入って受けられないときもある。そんな ときは代わりの人に頼むのだが、必ずホテルや空港には顔を出し挨拶だけでもするし、大量 輸送などさまざまな要望にも応える。そんな手配は手弁当だがそれが宮崎のイメージアップに 繋がれば、との一念で仕事をされている。まさに“友人のため”といった感じである。

そして樺木野さんは奥様を非常に大切にされている。いま自分がこのように仕事ができるの は奥様のお陰だ、と繰り返し話す。確かに奥様が電話の受付業務から手配までをすべて引き 受け、入院しても病院で年賀状を書き続けるなど本当に献身的に支えておられる。「こんなに 良くしてもらったら遊びもできないよ」と樺木野さんは笑う。本当に信頼し合ってここまでやって きた、というのが分かる。

先日も県外観光客の入れ込みが7年連続減少したなど観光の低迷が伝えられた。確かに 現状が厳しいのは事実だが、結局は観光の最大の資源は大きな施設ではなく“人”なのだ。 団体ツアーから個人旅行に指向が変わってその傾向は一層顕著になった。樺木野さんは ドライバーという枠を超えて、友人として旅行後もお客様に信頼され続けている。 私たち一人ひとりも県外の知人、友人に積極的に「宮崎に遊びにおいでよ!」と声を掛ける ことが、東京や大阪でテレビコマーシャルを流すよりよっぽど効果がある。 人という原点に返ること。ここに観光の原点がある、と深く感じた出会いだった。(2004.12.17)