もっとたたいて!blog


  • 20Oct
    • 10/31は久々のライブ

      東 佳樹Quartetのライブが近づいてきました。メンバーのスケジュールの都合で夜な夜なリハーサルしていますが、新曲もいい感じになってきました。こういう、新曲が出来上がっていく時間がとても好きです。自分のバンドのライブは3年ぶりなんで、意気込んでます!●東 佳樹 Quartet vol.2(Vibes:東 佳樹 Guitar:山口 亮志 Bass:芹澤薫樹 Percussion:相川 瞳)2016年10月31日(月) 18:00 open/19:30 start東京:アート・カフェ・フレンズ(恵比寿)http://www.artcafefriends.jp/index.htmlチャージ: 一般3,000円 +1ドリンク500円学生2,000円 +1ドリンク500円(お食事もご注文いただけます)

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      テーマ:
  • 06Jul
    • 東 佳樹 Quartet vol.2

      前回のライブから3年の月日が経ってしまいましたが、東 佳樹 Quartetのライブが決定しました。2016年10月31日(月) 18:00 open/19:30 start恵比寿アート・カフェ・フレンズVibes:東 佳樹 Guitar:山口 亮志 Bass:芹澤薫樹 Percussion:相川 瞳詳細はまた!

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      テーマ:
  • 21Feb
    • その25

      バンドを始めた話。はっきりいつかは定かではないが、僕が中学生くらいのころ世の中はバンドブームになっていた。X、ジュンスカ、ユニコーン、THE BOOMなどなど。僕は相変わらずそういう音楽には疎くて、ストラヴィンスキー最高!とか思ってたのだが、世の中の少年少女は結構バンドブームに影響されてたと思う。何故かわからないけど、「じゃあオレはギターやる!」とか「オレはヴォーカル!」「じゃあバンドやろうぜ~」みたいにアクティブに行動に移せるのはちょっと悪ぶってるヤツが多かった。でもそういう行動力って学校的には評価されないんだよなぁ…まぁ評価されるためにやってるわけではないのだが。今なら多少感覚が違うと思うが、当時はまだ学校でエレキギターなんてダメー!みたいな空気だった。それでも行動力ある連中はある者はギターを手に入れ、ある者はベースを買い、目当てのバンドの曲のスコアを買って各自家で練習し始めていた。さて、あとはドラムですよ。ドラムといえば、、お、あいつ吹奏楽部でドラムやっとったな、となって声をかけられ、なんとなく僕がやることになった。ただ曲もバンドのこともなーんにも知らなかったので、バンドスコアを見ながらCDを聞かせてもらったら、「うわー、何コレ!ドラムカッコいい!」となってしまった。なぜかというと、当時吹奏楽でやるポップス曲では出会ったことのないようなリズムに出会ってしまったから。曲が好き、というよりはドラムでこんなことできるんだ!みたいな感動だったと思う。

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  • 17Feb
    • その24

      クラブの伝統の話。僕はパーカッショニストとして今に至るまで様々な先生やプレイヤーから教えを受けたり影響を受けたりしてきたが、基礎の基礎は中学時代に当時2歳上の学年の吹奏楽部の先輩から習ったことが一番大きい。今考えてもとても的確で、かつ分かりやすく教えてもらった。感謝してもしきれない。部ができてから僕の代で6年目、当時は専門の先生にレッスンに来てもらっていた記憶もない。現在とは違ってインターネットやDVDもなかったし、教則ビデオはあったけど中学時代は見たことはなかった。恐らく創部当時の先輩方が講習会などで学んだことを正しく後輩に教えてきてくれたおかげだと思う。こうして、良いトレーニングが後輩の後輩のさらに後輩までずっと伝わっていくのはとても理想的だが、もちろんその逆もこれまでたくさん見てきた。初めて教えに行く学校では普段やっている基礎トレーニングを必ず最初にやってもらうが、何がどうなってその練習をしているのか、全く成り立ちがわからないような練習をしている学校もある。また、基礎練はバッチリできているのに、いざ楽器の演奏になるとムムム?な学校もある。原因はいろいろあると思うが、一つは各々がメトロノームに過度に合わせすぎているケース。メトロノームをつけて何人かで同じリズムを練習して、できるようになったらメトロノーム外しての練習もするとか。お互いのリズムを意識して練習しないと、対メトロノームでいくらやってもあまり実践的ではないと思う。もう一つは基礎練を音楽的なフィーリングでやっていないケース。例えば8分音符一つと16分音符二つの「タンタカ」というリズムでも、「ランタタ」なのか「タッタカ」なのか「ラーララ」なのか、曲によってはいろいろ表現があると思うが、そこまでイメージできていないといくら正確にできていても他の楽器とニュアンスが合わない場合がでてくる。スネアの単音でもリズムの強弱やバチの当て方で、テヌートやスタッカートになってるように聞かせることはできるのだ。カッコだけのパフォーマンスにはしる前に音楽を追求してみよう。

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  • 23Jan
    • その23

      いろいろ繋がってきた話。ずいぶん久々のブログ更新です。。1年以上ぶり。先日中学の同窓会があり、地元大阪では100人規模で、その後関東在住の友人たちと東京でこじんまりと集まった。当時と驚くほど変わらないヤツ、すっかりおじさんになってしまったヤツなど様々だったが、話をすると一瞬で14,5歳の頃の気持ちに戻るような気がした。そのうちに中学時代の話を書いていたこのブログのことを思い出し、ずいぶん放置したことを反省もしながら今書いている。中学生の時以来25年近く会ってなかった友人もテレビで演奏している僕を見て覚えていてくれたりして嬉しかった。それで僕がミュージシャンとして仕事をしていることは知っている友人が多かったのだが、ドラマーとして、またオーケストラの一員として、その他いろんなことをしている今の活動はなかなか説明しにくかった。学生時代クラシック音楽の牙城のような大学にいたが、そこでの友人はドラムを演奏している時の僕はいつものクラシック音楽をやっている僕とは違うと言っていた。音楽は多くの先人が人生をかけて産み出してきた崇高な財産で、自分ではそれら様々な音楽に真摯に向き合ってきたつもりで、自分のその根幹の部分はやはり一つの核のようなものがあると思うが(カラダは一つだし…複数あればいいなぁと思うこともよくあるが。特に仕事が重なった時。。)、その体に様々な人格が乗りうつっているような感覚がある。俳優がそれぞれの役の人格になりきるような感覚だろうか。いろんなことに首を突っ込んでいることに悩むことも今まで多々あったが、いくつかの人格を持つような感覚を覚えてからあまり悩まなくなった。でも僕は別に多重人格者ではない。最近はその複数の人格のようなものがクロスオーバーして一つの音楽の中でもいろんな顔を出すようになってきて、単純な二元論的な感じではなく多様性が現れてきた気がする。思えば僕が高校生のときにドラムマガジンを読んでいて、確かテリーボジオがインタビューで、彼が世に出る以前、学生時代にティンパニを勉強してオーケストラプレイヤーを目指していた、と語っていたのを読んで単純に、スゴイ、なんか自由だなぁ、自分もそんなミュージシャンになりたい、と思っていた。もちろん僕などまだまだやるべきことがあるが、いろんなことが結びついてきた感覚が今はとても快感なのだ。と、ここまで書いてアメブロにアップしようとしたら久々すぎてパスワード忘れて手こずった…これからはもう少し更新の頻度あげます。。今年もどうぞよろしくお願いします。

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  • 29Oct
    • 東 佳樹 Quartet ライブのお知らせ

      次の日曜日になりましたが、11月3日僕のリーダーユニットのライブのお知らせです。これまでにTrioで2回のライブを行い、その後1年半くらい時間が空いてしまいましたが、さらに幅広い音楽性を求めてベースの芹澤薫樹さんに加入いただき、ギターの山口亮志さん、パーカッションの相川瞳さんとともによりパワーアップしたサウンドをお聴かせできると思っています。今回も数曲カバー曲を演奏しますが、僕のオリジナル曲を中心にお届けします。僕はさまざまなフィールドで演奏活動をしていますが、リーダーとして僕の世界観をすべて投入できるのがこのバンドです。どうかこのサウンドを堪能し、楽しい時間を過ごしていただければと思います。会場のアート・カフェ・フレンズではお食事もしていただけます。僕のお勧めは、ピリ辛豚肉と白いんげん豆のタリアテッレです!お忙しいと思いますが、お誘い合わせの上、ぜひ足をお運びください。 ●東 佳樹 Quartet(Vibes:東 佳樹 Guitar:山口 亮志 Bass:芹澤薫樹 Percussion:相川 瞳)2013年11月3日(日) 18:00 open/19:30 start東京:アート・カフェ・フレンズ(恵比寿)http://www.artcafefriends.jp/index.html チャージ: 一般3,000円 +1ドリンク\500学生2,000円 +1ドリンク\500(お食事もご注文いただけます)

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  • 25Sep
    • その22

      プロの演奏に出会った話。中2の時のコンクールの課題曲は「風と炎の踊り」。僕はS.CymとSDを担当した。6月くらいだったか、東京佼成WOが大阪に来るという情報が入って、どうやらその年の課題曲は全部やるらしい!行こう!というわけで、同級生のTくんと2人ぽっちで聴きに行くことになった。会場は吹田メイシアターというところで、僕の住んでいた河内長野からは結構遠い。電車で1時間以上かかる。というか吹田市に足を踏み入れたこともなかった。昔吹田に住んでいた別の同級生の情報だけを頼りに電車を乗り継ぎ、なんとか着いた。初めて聴くプロの吹奏楽団。しかも佼成といえば課題曲の参考演奏やニューサウンズの録音もしてるすごいバンドじゃないか!もう気分は最高潮にもりあがっていた。。。。ってこんな書き方をすると実際の演奏がダメだったみたいな予感がするが、もちろん演奏は素晴らしかった。と思う。なんだか非常に演奏が整っていて、さもそれが当たり前かのように聴こえて、逆にうまさがよくわからなかった、というのが正直な感想だった気がする。でも、S.Cymのこの辺を叩くといいのか、クレッシェンドは少し盗んではいってもいいんだ、などなど、思いっきり参考にさせていただきました。ありがとうございました!

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  • 19Sep
    • その21

      ウラから始まるメロディの話。さて自由曲、火の鳥よりカスチェイの続き。この曲のテーマはまずトロンボーンに現れるのだが、8分休符が最初にあって、その後5音連続ウラ拍が続く。しかも最初の音は非和声音(9th)。非常に緊張感の高い、ワルいテーマだ。この曲の練習し始めの頃CDを聴いていると、テーマの最初の8分休符が認識できなくて全部オモテ拍に感じていた。つまり8分音符一つ分ズレて聴き覚えしてしまっていたのだ。この現象はこれが初めてではなく、その前年の自由曲、ファリャの三角帽子の粉屋の踊りもテーマはウラ拍から始まり、序章のイングリッシュホルンのソロが終わった後、指揮者がエイッ!振り出しても音が鳴らない、というのがどうしても理解できず、やはり半拍ずれて聴き覚えしてた。こういうトリッキーなリズムのテーマはたくさんあって、先に間違って聴き覚えするとその後演奏ができなくなってしまうときもある。指揮者がウラ拍を振っているように見えるから。ただ、その後ちゃんとした拍子感で聴く練習をすると、ある日突然全く新しいテーマのように正しい拍子感で聞こえるようになる。そして、何故かもう以前の拍子感の聞こえ方はしなくなる。威風堂々第一番のアタマのテーマも8分音符一つ分食って入るので、騙されやすい。ペトルーシュカの最初のフルートのテーマも8分一つズレて覚えてた。これは感覚を直すのが本当に大変だった。こういうのは音楽におけるだまし絵みたいなものだろうか。ある風景にしか見えなかった絵が急におっさんの横顔の絵になったりするのありますよね。一度おっさんが見えるともう最初の風景は不思議と見えてこなかったりする。まぁ最初からスコアをみてればしなくていい努力なのかもしれない。ただ、最初に8分休符が一つ入るだけで全然違うテーマのように聴こえるのをこの時知ったことは、その後ドラムで3拍フレーズやスリップビートを覚えるときに非常に助けになった。

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  • 15Sep
    • その20

      中学2年の夏、初めての吹奏楽コンクールの話。 わが中学校の吹奏楽部は前年まで大阪府大会銀賞。初の関西大会出場を目指して練習を続けていた。課題曲 小長谷宗一「風と炎の踊り」自由曲 ストラヴィンスキー「バレエ組曲"火の鳥"よりカスチェイら一党の凶悪な踊り、終曲」余談だが、自由曲の「カスチェイ~」の原題のフランス語"Danse infernale du roi Kastchei"。形容詞'infernale'の部分が実に様々な訳され方があって、「凶悪な」踊り「凶暴な」踊り「邪悪な」踊り「魔の」踊り「激しい」踊りどれも実際のバレエでどんな風に踊られるのか、想像力を掻き立てられるが、今までに一枚だけ、「いやらしい」踊りと訳されたCDを見たことがある。これがグッときて一番見てみたくなる。さて、この「火の鳥」。曲の研究のため火の鳥の入ってるCDを買おう!みたいなブームが来た時期があって、なるべく友達が持ってないCDを買って持ち寄り、土曜の昼の弁当を食べながら聴きあうのが楽しみだった。「カスチェイ~」は僕の感覚では四分音符=152くらいがオーソドックスな気がしているが、当時持ち寄ったCDの中で一番快速だったのがムーティ/フィラデルフィア管のカスチェイ。曲の冒頭が四分音符=176くらいあったと記憶している。最初が一番速くてだんだん落ち着いてくるのだが、それでも168くらいはあったかな。当時僕らは中学生で子どもだから、単純にとにかく速いから(もちろん演奏もすばらしかったけど)「すげー!」っていって、それくらいのテンポでふざけて練習したりしてた。このころ練習したことって、自分のかなり深いとこまで染み込んでいる気がする。ドラマーは「曲のテンポ出し」や「カウント」というのをしないといけない状況がよくある。そのため正確にメトロノームで確認することもあるが、自分の中で、120はこれくらい、132はこんな感じ、144はこの曲のあそこのテンポ、みたいな目安を持っている。152はいまだにカスチェイだ。オーソドックスなカスチェイを思い浮かべるとだいたい合う。そして168はムーティのカスチェイをイメージ。ただ冒頭を思い浮かべてしまうと速すぎて怒られてしまうので注意が必要だ。

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  • 15Aug
    • その19

      吹奏楽コンクールの話。夏が来れば思い出す、あの暑い夏の日。8月は吹奏楽コンクールの時期。今は中高生に楽器の指導をしたり、コンクールの審査をしたりする立場だが、自分が中高生の時はそれぞれ2,3年生のときに出場した。今となっては考えられないが、音楽室にクーラーがない時もあった。でも防音のため窓は開けられない。吸音のために壁には毛布を吊り下げてる。まさに下衆の極み。あとはたまに指導にいらっしゃる「東京」の先生。あの頃はTVで見聞きする以外、ナマ東京弁の人なんて近くにいなかったので、もう気持ち悪くてしかたなかった。真剣にこの人オカマか?と疑っていたもんだ。管楽器の音程が合わない時は、「耳付いてるの?」と言われたのを思い出す。文字にするとなんてことないのだが、東京弁で言われるとカチンとくるのだ。「お前ら、耳あるんかボケッ!」と言われた方がよっぽどハートフルだ。複数の先生にみてもらうことでより多角的な音楽作りを目指すことができるが、先生によって正反対のことをおっしゃる場合もあり、子供ながらに迷ってしまったこともあった。今も指導にいくと、誰に習ったか知らないがスゴく奇抜な練習メニューをしている学校もある。こういう音を出すためにこういう練習をしている、と理解できていればいいのだけど、メニューだけを押し付けられてるなぁ、と思うときもよくある。音色は1種類ではないのだから、いろんな奏法があって当たり前なのだが、もっとも基本的なことをまずきっちりやってほしいなと思う。それと基礎練にもっとイマジネーションがあるといいなぁと思う。基礎練がルーティン化してしまう人が多い。ウォームアップも兼ねているのだが、上級生は実際の演奏を想定した基礎練をしてほしい。と、結局小言みたいになってしまった。

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  • 28Jul
    • その18

      4本マレットの持ち方の話。前回に続き、鍵盤打楽器に関してだが、鍵盤が苦手だった僕でも中学時代に4本マレットを持って演奏したことはあった。エルザの中で出てくるvibesだったかな??はっきり覚えていないけど。ただ単に4声を同時に押さえるくらいのことしかできなかったと思う。持ち方は教えてもらった記憶が全くない。バチとバチをクロスして持つ持ち方を上級生の見よう見まねでやっていた。クロスさせて持つ場合2種類あるのだが、何も知らなかった当時の僕にとって自然に持てたのがバートングリップだった。(内側にくるバチを下に重ねる)その後高校時代に反対の重ね方をするトラディショナルグリップを覚え、大学時代はまたバートンに戻したり、スティーブンスグリップもちょっと練習したり、いろいろ試した結果、今は右手はトラディショナル、左はバートンの混合グリップにしている。ちなみに、このようにしているのは自分なりに理由があるのだが、同じようにしている人に会ったことがない。僕のように手が小さく、かつ指が短い人にはオススメだと思うのだが。iPhoneからの投稿

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  • 24Jul
    • その17

      マリンバを初めて弾いた話。そろそろ飽きてきたと思うが、まだ中学生時代の話です。打楽器に随分と慣れてきた自分だったが、それも音階がない楽器に限ってである。鍵盤打楽器はてんでダメで、それこそ中央のドから順番に数えないと何の音かわからない状態だった。そんな僕が初めてマリンバを弾かされたのは、中1の秋の定期演奏会での「サンバ・デ・ミネルバ」という曲だったように記憶している。この曲はその時以来全く出会わず、どんな曲だったかあんまり覚えていないが、マリンバで16分系のリフみたいなフレーズが出てきて、練習しても全く弾けなかった。たしか、結局本番は誰かに代わってもらったのかな…??はっきり言ってその時は一生弾けるようになる気がしなかった。もうそれ以来、鍵盤に苦手意識が抜けません。未だに完全にはなくなっていない。今は自分のバンドではヴァイブを弾いているし、他の仕事でも鍵盤を弾いている僕しか知らない人もわりといるので、僕を「鍵盤OKな人」と思っている方も少なからずいらっしゃいます。好きにはなったのですが、でも、いつも本当にドキドキなのです。iPhoneからの投稿

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  • 06Jul
    • その16

      ドラムに目覚めた?話その後、プリプリのダイアモンドのシングル盤を買って聞いた。かっこよかった。でもショックだった。俺が練習してたのと全然違うドラムだった。それにしてもこうやってドラムだけを聞く、ような聞き方は初めてだった。キックとベースは同じような動きをしてるんだな、とか右手がハイハットからライドに変わるとこんな効果があるんだな、とかコンサートやテレビで誰かのライブをみて感動してドラムを始めた、とかならその誰かのコピーをしたり、サウンドやセッティングをマネしたりとかあると思うが、何というかそういう動機より前に譜面からドラムに入ったもんだからか、今となっては考えられないけど、曲を演奏するにしても原曲を参考にするとか思いつきもしなかった。そんなわけで順番が違ったかもしれないけど、その時富田京子さんのドラムには心動かされた。ダイアモンドは原曲のドラムをまるまる譜面に起こして、随分練習したのを覚えている。そうしていると、自分にドラム耳ができてきて、日常耳に入るありとあらゆる曲がどんなドラムなのか、気になってくる。このくらいがようやくドラムに目覚めた頃なのかもしれない。iPhoneからの投稿

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      テーマ:
  • 02Jul
    • その15

      ライバルはトランペットの先生?な話。初ドラムの「氷雨」はいやいやながらもなんとかできたのだろう。結果どうなったかはよく覚えていない。でもその後、文化祭や卒業式、入学式などでちょくちょくドラムを演奏するようになって、自分でも、だいぶできるようになったなぁ、なんて思い始めていた。それからしばらくして。中2の春くらいだったと思うが、ある日ドラムの練習をしていたら、たまに教えに来てくれていたトランペットの先生がその日レッスン日で、レッスンの休憩時間なのか、打楽器の部屋にはいってきた。そのとき僕はプリンセスプリンセスというバンドのダイヤモンドという曲を練習していたのだが、譜面をみて先生が、「お、これ全然譜面がちがうぞ」と言ってきた。何のことかわからないでいると、先生が自ら演奏してみせてくれた。そのときのことはよく覚えている。とにかく目からウロコ。めちゃくちゃカッコイイパターンだったのだ。具体的にいうと、バスドラムがウラにはいっていて、リズムが弾んでいる感じ。いま思えば典型的なモータウンビートなのだが、吹奏楽アレンジの譜面はただキック4つアタマ踏みだったので、全然リズムが違っていた。先生のマネをしてみるが、まったくできなかった。自分の体かどうか疑わしいほど、思い通りに動かない。どうしても手と足がつられてしまい、同じように動いてしまう。それも仕方ないのかもしれない。当時の吹奏楽アレンジのドラムは僕の知る限りでは本当に簡素なパターンにアレンジされていて、キックは必ず手が入っているところに入ってた気がするが、このモータウンビートでは手と手の間に足が入ってくるし、シャッフルさせてるのはキックの入る裏拍なので、足でリズムをはねさせなければいけない。あーなぜできない???悔しい。しかも先生とはいえ、トランペットの人にできて打楽器の俺にできないなんて。。。たかだか打楽器をはじめて1年ちょっとの経験しかないのに、変なちっぽけな自尊心が生まれていた。そしていとも簡単に粉々に砕け散った。

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      テーマ:
  • 30Jun
    • その14

      ドラムとの出会いの話。毎年9月くらいだったか、中学校の近くの障害者介護施設に吹奏楽部みんなで演奏に行っていた。8月までは吹奏楽コンクールのシーズンなので、課題曲やクラシックなどをみっちりやっていて、コンクールが終わると文化祭やその施設での演奏のために歌謡曲や演歌の練習に入る。結構な曲数を演奏するので、ミュージックエイトやニューサウンズのポピュラーナンバーとはいえなかなか大変だった。当時は一年生も一人一曲ドラムをやらせてくれたので、その時に初めてドラムセットに向き合った。曲は「氷雨」だった。ドラムセットはご存知の通り両手でスティック、両足でペダルを操作して演奏をする。最初の印象は、なんだかいっぺんにたくさん演奏しないといけないから面倒だな…というような感じだった。今思えばキック4つ踏みの、なんてことはない単純なパターンだったのだが。小学生時代からの歌番組嫌いのせいで、当時の歌謡曲などはほとんど知らなかったから、演奏する曲に思い入れもないし。ましてや「氷雨」って知らんし…そんなわけで、かなり消極的な出会いだったわけです。

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      テーマ:
  • 22Jun
    • その13

      タンバリンの指ロールの話。 引き続き中1のころ。弁当を食べた後の昼休み。自主参加だったと思うが、僕は昼休みも音楽室で練習していた。確か20分くらいしかなかったので、そんなにがっつり練習はできない。ちょっと楽器を触るくらいだが、居心地がよかったのかよく昼練にもいっていたと思う。そんな昼練でみんなよくやってたのがタンバリンの指ロール。これは皮付きタンバリンの皮の表面に親指や中指などを押し付けるように滑らせて、連続した音を出す技で、黒板の上にチョークを滑らせるといくつもの点が書ける、それと同じような原理。タンバリン自体を振るよりも細かい繊細なロールができるので、曲でもよく出てくる必須テクニックだ。僕はこの技がどうしてもできなかった。先輩には、「コツつかんだら簡単やで」「毎日昼休みにやってたらできるわ」などと励まされていたが、僕にはわかっていた。これは僕にはぜっっっったいにできないと。理由は僕の手が乾燥肌で、この技に最低限必要な指の湿り気がない。抵抗なく皮の表面を滑っていくだけなのだ。指を少し舐めてからやるとできるけど、すぐまた乾いたらできなくなる。僕はこの練習をやめた。こういうあきらめは昔から人一倍早い。できないものはできないと。以来、タンバリンの指ロールが出てくる曲は、必ず違う楽器を選んでいた。今だから告白するが、実は音大を卒業して仕事として演奏するようになっても僕はまだ指ロールができなかった。このまま一生やらずに逃げ切れるかな。。。なんてことを考えたりもしたが、世の中そんなに甘くない。ある日タンバリンの仕事がきた。ついにきた。。。これは神からの試練だ。。来る日も来る日も猛練習した…のではなく薬局で買った指サックをはめて乗り切りました。早くやっておけばよかった。今もこれなしではできない。というかこれさえあればアホみたいにできるようになります。以来、タンバリンが大好きになった。指ロールができなくて悩める中高生諸君、松脂でタンバリンを汚す前に、今すぐ薬局へいきなさい。もしも生まれ変われるなら、どんな不細工でも貧乏でもいい。手汗あふれる人に僕はなりたい。

      テーマ:
  • 21Jun
    • その12

      トライアングルの話。スネアの話が続いたので、少し話題を変えてみます。その昔バンドピープルという吹奏楽雑誌があった。 その巻末にある、プロが教えるワンポイントアドバイスコーナーみたいなのを読むのが好きだった。 ある号にトライアングルのことだけを特集して書いている記事があった。正直、「え?この号トライアングルだけ??」と思ってしまった。はっきり言ってその頃の自分は、打楽器はスネアやティンパニ、ドラムが花形で3年生担当、その次はシンバル、大太鼓、鍵盤など2年生担当。トライアングルやタンバリンはあまった一年生がやるような大した仕事ではないと思って、なめきっていた。スネアのロールや装飾音、難しいフレーズにはチャレンジしがいがあると思っていたが、トライアングルで1発、これにどのような音色でのぞむのか、などは全く興味がなかった。というか知らなかったのかもしれない。テクニックには興味があったが音楽性というものがなかったのかな。なので「この号、トライアングルだけでもつんか??」なんて思ってしまったのだ。ところが読んでいくと、深い深い。トライアングルのどの部分を叩くか、バチのどこで叩くか、どんなバチを使うか、出したいのは澄んだ音、濁った音、倍音の多い音、少ない音。。。気付いたらすっかり夢中になって読んでいた。早速試しに練習してみると、「お、おもしろい。。。」きれいにハマりました。吹奏楽部じゃない子に、「あの子、トライアングルしかさせてもらえないのかな??」とヒソヒソ言われるのを聞きながらあまり人がいない廊下でひたすらチリンチリンやっていたのを思い出す。

      テーマ:
  • 20Jun
    • その11

      スネアが早くも故障??した話。ついに注文していたスネアが届いた。ハードケースと立奏用スタンドとスネア本体。本体を箱から出してみると渋い木目のラッカー。当時学校にあったスネアは2台どちらも金属胴だったので、木胴のスネアというのに新鮮さを感じた。(音なんてまだよくわからないからあくまで見た目的に)また、2台しかない学校のスネアは練習でも取り合いになってしまうときがあったので、これからは自分の楽器は心置きなくいつでも使える。なにより、スネアを買った!というだけだけど、自分の楽器はもちろん、すべての楽器に対する愛着や自分のモチベーションがより一層高まった。でも、あら……??ここで一つの壁にぶちあたる。肝心の音をどうやって作っていくのかわからない。。。。いままで学校のスネアをそのまま使っていたので、チューニングのノウハウなんて皆無。とりあえず張り目にしとけ、くらいのもんで、当然いきなり素晴らしい音はでない。むむ、こんなはずでは…家に持って帰って、モントリオール響のCDの音と比べても、全く違う。おかしいな……小さい音量が必要なときは、打面のエッジ部分を叩くことが多いが、そこを叩くとキイーーーーンイヤな倍音がたくさん。あれ?やっぱりおかしい!僕はすっかり何かの故障だとおもった。。早速楽器屋さんに事情を説明して、でも見た感じどこも壊れてないけどな…一応預かって帰るわ、というわけで購入早々入院させてしまった。数日後、楽器が戻ってきた。…リングミュートが一緒に付いてきた。。打楽器をかじった人ならお分かりだと思う。これは故障でもなんでもなく、生のスネアの音を僕が知らなかっただけだった。というのは学校のスネアには1台は内臓ミュート、もう1台はCOMPOヘッドが張ってあったので、もともと倍音があまり残らない。戻ってきたスネアにリングミュートをそっとのせて音を出してみたら、あーら不思議、イヤな倍音は綺麗にカットされてましたわ。。いかに何もわかっていなかったか…このときに買ったハードケースは中学を卒業するときに部に寄付したが、スネアとスタンドは今も仕事でたまに使っている。そんなにいい楽器ではないけど、この楽器は一生手放すことはないと思う。僕とともに音楽人生を歩んできたタイコだから。(ま、高3の時にソナーのスネアにメインの座は奪われるのだが。。。)

      テーマ:
  • 19Jun
    • その10

      はじめてのスネアを買った話。スネアを個人持ちしているOBの存在を知ったことで、自分のスネアを持つことができる、ということがようやくわかり、でもどうしていいかわからないので、部に来てくれていたマツモト楽器さんに相談してみた。各社のカタログをもらって品定め。と言っても各社各モデルがどんな特性があるのかもわからず、頼りになるのは値段だけ。子どもなので、一番高い楽器を探そうとする。高いのはやはり海外メーカー。当時"ゾノール"と書かれていたソナーは別格のお値段、フォニックで14,5万はした。当然ながら除外。。。他にもプレミア、ノーブル&クーリー、グレッチ。憧れていたラディックのスーパーセンシティブは目を剥くほどは高くなかったと思うが、親にお願いする以上、なんとなく無難に高望みせず、国内メーカーにしぼっていった。ドラムセット用のラインナップ中心の国産メーカーの中、パールにコンサート用モデルがあった。自らそれを選んだか、楽器屋さんのアドバイスかは覚えていないが、ビーチシェルの14"×6.5"を注文した。注文してから1週間ほどだろうか、待望のMyスネアが学校に来る日。その日は朝からソワソワして、授業どころではなかったのを覚えている。早く放課後がきてほしい、その一心だった。そういうところは今も昔も全く変わらない。

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  • 18Jun
    • その9

      はじめて海外のスネアを見た話。少しさかのぼるが、吹奏楽部では毎年11月に定期演奏会があった。そのコンサート出演をもって3年生が引退する、それはそれは感動的なコンサートだったのだが、第2部でOB出演があるため、演奏会前には多数のOBが(といっても今考えてみたら全員が高校生かも)合奏のために音楽室にくるようになっていた。OBだけで人数の足りないパートは現役も参加していたが、当時中学1年生のペーペーの僕は当然何もやらせてもらえず。でも、OBたちの醸し出すなんとも言えない「オトナ」な雰囲気の虜になってしまって(といってもほとんどが高校生だけど)その合奏を見学していた。その時に打楽器のあるOBの人が、見たことのないスネアで合奏に参加していた。普段目にしている"Pearl"とか"YAMAHA"ではない読めないロゴ、ごつい全面当たりのストレイナー、キレのいいスネアサウンド。。まるで幕末の志士たちが西洋文化に初めて触れた時のような(ちょっといいすぎ)驚きと感動を感じてしまった。そのスネアは今思えばラディックのスーパーセンシティブだったのだが、当時の僕でもわかるくらい、明らかにいい音だった。そもそもそれ以前に、その先輩がMyスネアを自分で持ってきていることにも衝撃を受けた。他のパートはMy楽器はいつかは買わないとな、、という感じだったけど、打楽器パートは買ったのは練習用のゴツいスティックだけで、楽器はもちろん、演奏に使うバチも全部学校のもの。「個人の楽器を買う」という概念すらなかった。お金かからなくてよかった~くらいに思っていた。いま、こんなにたくさん楽器を買うことになろうとは夢にもおもっていなかったな。

      テーマ:

プロフィール

higa-p

性別:
男性
誕生日:
1975年8月9日
お住まいの地域:
埼玉県
自己紹介:
東 佳樹(ひがし よしき)― Drums/Percussion   1975年生まれ、大阪府河内長野...

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