【「打つも打たないも自由」という罠 調べずに打つ自由は無い 「ワクチンの境界」その2】 | ラミーコのブログ3

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【「打つも打たないも自由」という罠 調べずに打つ自由は無い 「ワクチンの境界」その2】

保坂浩輝先生のメタよりシェアしますね❗
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【「打つも打たないも自由」という罠 調べずに打つ自由は無い 「ワクチンの境界」その2】

國部克彦教授の著書「ワクチンの境界 権力と倫理の力学」ご紹介の第2弾です。

前回は、権力により私達の人権や自由が奪われている危険について書きましたが、

同じ本の中に「私達はよく調べずにワクチンを打つ自由はない」という、ある意味逆の話が書かれています。

自由や人権は非常に大切なものですが、自由には責任が伴います。

今の日本の「なんでもあり」「なんでも自由」という風潮は問題で、「ならぬものはならぬ」という大人が少なすぎると思います。

人が死ぬものを選択して良いのか?

しかも、元々死なないためにする行為で。

私が、「コロナは恐怖の感染症!」という空氣真っ只中の2~3年前に、あらゆる犠牲を覚悟で、

「インフル以下の風邪」「接種させるためのヤラセ」「接種すれば死者や病人が増える」と書き続けてきたのは、

30年以上、政治やあらゆる社会問題を調べ続けて間違いない、という確信を持っていたから

(99.99%の自信がなければ、あの社会状況の中でSNSやブログで書くことはできない)ですが、

それほど調べていない人達からしつこく絡まれて炎上したこともありました。

私が、「ネットは議論に適さないから直接会って話しましょう」と言ってもそれは避けられました。

私の店や美術館、講演会では、世間で3年間推奨し続けてきた感染対策をお客様にお願いしたことは一度もありません。

下記の論理でいけば、よく調べもせずに間違った対策を自社の従業員や顧客にまでお願いという名の強制をしてきたことも大きな罪、と言えるでしょうし、

接種と同様に特別な事情がなければマスクをする自由もない、と言えます。

義務でもないのに99%マスクという異常な社会を作った原因となり、加担したということです。

また、子ども達がマスクを外せなくなっている、というとんでもない悪影響、害悪を与え、

以前もご紹介した「マスク社会が危ない」明和政子著、にも書かれているように様々な弊害は大人になってからも残るでしょうから。

ーーー

「ワクチンの境界」の中で、私が最も印象に残った部分は以下の内容です。

1877年「信念の倫理」哲学者ウィリアム・クリフォード

「人間は軽々しく物事を信じてはいけない」

「その禁を犯せばその罪は何世紀にもわたって影響する」

「信じるべき対象について、十分に調べつくしたうえでないと、信じる権利はない」

人の信念はいかなる場合でもその人だけにかかわる個人的な問題ではない」

「私達は、何かを信じる前に、徹底的に調べる義務を負っている。

あなたの信念は必ず誰かに影響するという意味で、人類共通の財産。

あなたが間違った信念を抱けば誰かが迷惑する。」

「「調べる義務」は、社会で指導的地位になる人達だけが負うべきものではない。万人共通の義務」

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以下は國部教授が書かれた内容

「打つのも打たないのも、その人の自由」という一見正しそうな理論がある」

「ワクチンの内容を十分に調べることなく、軽々しく他人の意見を信じて行動する権利、打つ自由はない。

私達は、人類の義務として、自分が納得するまでは行動してはいけない。

なぜなら、それが誤っていたときに、何世紀にもわたる害悪を残すだけではなく、

結果的に正しかったとしても、軽々しく信じてしまうという習慣を強化することで、次の大きな間違いを犯しやすくなってしまうから」

「影響を他者に及ぼす点において、社会的地位や職業などは関係がない」

「簡単に物事を信じてしまうと、それが習慣化してしまって、人間社会そのものが危機に瀕する」

「何かを信じて疑わず、それを他人に強要するようになれば、問答無用の野蛮な社会でしかありません。

そこでは人間としての条件が欠落してしまっている」


 ここからは私の意見です。

上記は、まさにコロナ対策禍・報道禍で起きたことです。

遺伝子組換え生物兵器のことをきちんと調べれば、

接種すると死亡したり重篤な副作用が出る危険があることや、

治験中の人体実験であること、ロット番号で中身が違うロシアンルーレットであること、

5年後10年後にどのような悪影響が出るか誰もわからないこと、

接種することはそういう殺人や傷害に加担する行為であること、

同調圧力をかける側にまわることになること、などがわかり、

「私が100億円貰っても接種しない」と書いていたように、接種するという選択肢はなくなるはずです。

 安易に接種することは、劇薬接種で死者が増加するなど何世紀にもわたる害悪を残した、ということだけではなく、

接種行為までの過程が安易すぎて、社会そのものを危機にさらすものであり、

今、そのような危機的状況ということです。

「次の大きな間違い」は、基本的人権を奪う憲法改正や緊急事態条項です。

「あなたの信念は必ず誰かに影響する」

「あなたが間違った信念を抱けば誰かが迷惑する」

この意識が今の日本人は、ほとんど無いように感じます。

PCR検査を受けたり、マスク(特別な事情がある方を除く)、接種することは、迷惑行為なのです。

※接種はいわゆるシェディング
という点でも迷惑行為です。






※画像はお借りしたものです

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ありがとうございました。