イチロ-さんのライブ
生体肝移植から6年
平成13年8月8日14時間に及ぶ大手術を受けて丸6年がたつ。 この年の、2月-10月までの、8か月間 家族には大変な心配をかけた。血液型不適合の手術は、 今まで数例しかなく、まだてさぐりの状態だったときいていた。 そんな中主人は、命をかけてドナ-になってくれた。 術後、私の手術が成功した事を聞きホッとして眠りについた主人、 しかし、それも主治医の大きな声に起こされ 私の再手術をきかされたという。 そのときの私は何もわからない状態、、、、、でも、空中から、?しっかりとみていた。なんでそんなに、何度もお腹をあけるの?私は助かるのよ 早くしないと死んでしまうから もっと早くしてよ 今考えると、あれは何だったんだろう 手術から一週間 お世話になった先生や 看護士さんには、すごい罵倒をあびせていた。先生の胸をつかみ、裏切り者でていけ 薬もいらん、早く出て行け 完全に頭がやられていたようだ、 10日程たって自分の体につけられている機械にきずいたときはビックリした。 血液型が、同じならここまでしなくていいんだけどと、説明をうけたが、身動きができない 本当に大変だった。 あれから6年 この6年の間に、長期の入院も、何度かあった でも、生かされている今日と言う日 大事にしたい、 竜之介にもいわれた ばっちゃん 何の目的があって この世にうまれてきたん? 俺はギタ-ひくためや ばっちゃんは? ばっちゃん未だに考え中 でも、一人でも、多くの方と話をして幸せを分け合いたい ばっちゃんの願いです
名古屋での竜之介
竜之介パパが、仕事のためばっちゃんも、同行することとなり、38年ぶりに名古屋にいく 中野
さんや、いちろ-さんらのライブみたさに、名古屋の街は、右も左もわからず、少々とまどったがとてもきれいなまちにかわっていたのには驚いた。地下鉄にもはじめて乗り竜之介ママと、2歳の妹4人大きな荷物抱えて予約していたホテルをさがしやった着いたときには、ほっとした。名古屋についたら、名古屋名物いただこうなと約束してついていたのに、今度はライブの場所を探すのに必死、なんとか着いたときには、名物のことはわすれていた。ライブ場所には、べ-スのけいとパパがすでについていて、中野さんらとワイワイ雑談されていたが、竜之介もすくにうちとけていた。いよいよライブがはじまり、竜之介ものりのり。演歌の世界しかしらなかったばっちゃんの私もノリノリ この人らはうまい、あまりわからない私をひきこんでしまう。竜之介もここまでなるのには、何十年かかるだろう、 ???けど、竜之介もすごいね、最後に、ステ-ジにあげていただいた時、竜の音が、一番楽しそうな音に聞こえてきたから。竜之介のすごいのはステ-ジにあがったら、自分の音を自身もって楽しんでいるところ、音を楽しむって、こういうことなんだと伝えてくれるところ、ばば馬鹿かもしれないけど、、、、、、でも、それがあるからドラムのれんくん、べ-スの、けいとくん、3人がすばらしい仲間になれたんだとおもうよ。、、、ライブが終わってからの竜之介、なんだか緊張してたけど、中野さんや、いちろう-さんに次のライブの声をかけていただいてとても嬉しそうだったね。 帰る間際には、中野さんからギタ-頂いて、もう有頂天。ホテルについても夜中までさわってる。朝おきればギタ-ある?夢じゃないよね、と、さがしてる。本当によかったね、いちろうさんからは、dvdをもらって、次の朝さっそくみていたし、竜之介は、本当に幸せ者です。有難うございました。これからもよろしくお願いいたします。
