比較的簡単な文であれば、難なく読めるが、1文が長い英文や、内容が難しい英文で倒置が起こると、「なんで素直な順序で書いてくれないのか」と疑問に思うことだろう。
倒置構文の主な形を上げれば、次の3つであろうか。
(1)「目的語+主語+他動詞(他動詞相当語)」
(2)「補語(など)+自動詞+主語」
(3)慣用的な倒置
(3)は「その他の倒置構文」的な扱いであるが、中学英語でも習う「疑問文・感嘆文」「there is ~構文」「the 比較級~, the 比較級~」などを代表に、「否定の副詞による倒置」「仮定法におけるifの省略に伴う倒置」などのことである。倒置構文として意識しなくともわかる簡単なものも含まれるが、やや踏みとどまって「倒置構文」の背後にある言語の歴史を覗いてみるのも面白いのではないだろうか。素人なので、専門の方からはナンセンスとのお叱りを受けるかもしれないが、「倒置構文」から、英語史的なものを考えていきたいと思う。
きっかけは、以前に「文頭に副詞がくると、何故倒置の語順になるのか」という旨の質問を受けたときである。「there / here」などが文頭に来ると、「~V S」の語順になるのは、中学生のはじめ、いわば英語初級の段階で「そういうものだ」として習うので、たいして疑問に思わないようだが、問題は「否定(?)の副詞が文頭に立った」場合である。「倒置を起こす否定の副詞」として、受験生は「程度:scarcely / hardly / barely、頻度:rarely / seldom」などを習っていると思う(この中で“barely”はニュアンスが異なるので注意!)。例文を挙げよう。
Hardly had he fallen asleep before he was waked up.
「hardly ~ when …:…するかしないうちに…」という連語(熟語?)で習っているだろうか。それに加えて「否定の副詞の後は倒置」と習って終わりだと思う。しかし、件の質問者はそれでは満足できず、「何故そうなるのか」と聞いてきた。実に難しい質問である。
私見になるが、「there / here is ~」も含めて、こうした倒置構文は、ゲルマン語系の特徴を残しているものだと思う。ゲルマン語系の代表はドイツ語、デンマーク語、スウェーデン語、英語など、大雑把に言えば北欧系の言語である。そのうち英語を除くゲルマン系の言語は、平叙文では動詞(助動詞)を文の2要素目に置く(ドイツ語では「定動詞第2位」と習ったが、他の言語ではどうなのだろう)。
ドイツ語では「Ich habe Zeit heute.(英語に「直訳」すれば「I have time today.」)」という文を「Zeit habe ich heute. / Heute habe ich Zeit.」というように、語順は比較的自由である。もちろん文頭に何を置くかで、話者・筆者が何を強調したいかは変わるが、とにかく、語順は英語と比較すれば、割と自由である。守らなければならないのは、定動詞は必ず第2位という条件である。副文(従属文)では、異なるルールがあるが、脱線しすぎるのも良くないので、話を英語に戻そう。
こうした、「~VS」というパターンは、英語以外のゲルマン語系には見られるようであるが、英語はほぼ純粋な「SV」パターンである。形が決まっているのはフランス語の影響なのだろうか……詳細はわからないが、これらのことを鑑みれば、「there / here is ~」による倒置や「否定語による倒置」は、「定動詞第2位」の原則という、ゲルマン語からの流れを汲むものではないだろうか。
他のゲルマン語(+欧州諸言語?)のなかでも言語的特徴がやや異質な英語の特徴を、その歴史的変遷を踏まえながら見ていくと、面白い発見が、まだまだ出てくると思う。辞書と文法書を参照しながら英語を勉強するのもいいが、少しこうした思索に耽ってみるのも、楽しいかもしれない。比較言語学とまでは言わなくとも、他言語への興味も持てるのではないだろうか。興味が持てれば、マルチリンガルになることも苦ではなくなるだろう。
人生何がきっかけで思わぬチャンスをつかむかわからない。勉強するときは、是非自分の興味をもてるところ探しながら取り組んでもらえればと思う。勉強が辛いと思っている人は、もしかしたら、多少勉強が楽しく感じる…かも?
〈余談〉
英語はゲルマン語系であるが、「ノルマン・コンクエスト」の頃、フランス語の影響を受け、ゲルマン語系の中でも異質な特徴を得たものと考えられる。そのことが顕著にわかるのが「数詞」である。英語はeleven, twelve以外の10代(13~19)は「teen」と数える。「◯ +10」という式を浮かべればわかりやすいだろうか。しかし、20以上の数は、twenty-oneのように「10χ+◯」というように、順序が変わる。13~19まではゲルマン語系の数え方、20以上からロマンス語系の数え方になる。
ちなみに、eleven, twelveは、それぞれ古期英語における「one left / two left」、つまり「(10と)余り1/(10と)余り2」を語源としている。基礎的な単語ほど、改めて辞書をひくと面白い発見があるかもしれない。