鹿児島黒豚をトンカツで!
うむ、ポッチャリである。
皆様お久しぶりである。
本日は真に幸福なる経験をしたので、皆様にご報告をば致す次第である。
本日ポッチャリは、お昼に、恵比寿ガーデンプレイス内の、『とんかつ武蔵』というところでリッチなランチをいただいたのである。
目的はもちろん、鹿児島黒豚!
実はポッチャリ、豚肉には目が無く、鹿児島黒豚は夢であったのだ。
夢にまで見た黒豚は、ジューシーでコクがあり、しかしながらさっぱりとして柔らかく、得も言われぬ恍惚感に包まれた。
サックリと揚がった衣の中に、ジュワッとした肉、ほんわか温かいご飯と共に口に入れれば、幸せな感覚が体を駆け巡る。
ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!
思い返しただけで涎が…(゜Д゜)ジュルッ
皆もたまには自分へのご褒美としておいしいものを食べるのもよいのではないかと思うポッチャリである。
因みに、今回の鹿児島黒豚は我が叔母上がおごって下さったもので、ポッチャリはこれ以上ないくらいの感謝の意を表明したいと存ずる。
叔母上、真に有り難う御座いましたm(_ _)m
皆様お久しぶりである。
本日は真に幸福なる経験をしたので、皆様にご報告をば致す次第である。
本日ポッチャリは、お昼に、恵比寿ガーデンプレイス内の、『とんかつ武蔵』というところでリッチなランチをいただいたのである。
目的はもちろん、鹿児島黒豚!
実はポッチャリ、豚肉には目が無く、鹿児島黒豚は夢であったのだ。
夢にまで見た黒豚は、ジューシーでコクがあり、しかしながらさっぱりとして柔らかく、得も言われぬ恍惚感に包まれた。
サックリと揚がった衣の中に、ジュワッとした肉、ほんわか温かいご飯と共に口に入れれば、幸せな感覚が体を駆け巡る。
ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!
思い返しただけで涎が…(゜Д゜)ジュルッ
皆もたまには自分へのご褒美としておいしいものを食べるのもよいのではないかと思うポッチャリである。
因みに、今回の鹿児島黒豚は我が叔母上がおごって下さったもので、ポッチャリはこれ以上ないくらいの感謝の意を表明したいと存ずる。
叔母上、真に有り難う御座いましたm(_ _)m
Who are you?
うむ、ポッチャリである。
夏がすぐそこに息を潜めているのをよく見かける今日この頃、クーラー病には気をつけよう。特に女子諸君!
実は前々から気になっていた花(?)があったのだが、今一つなんなのかわからない。
花と言われれば花。葉っぱと言われれば葉っぱ。そんな輩だ。
名前が知りたいわけでも何でもないのだが、とにかく気になる。気にしないのだが気になる。
しかし、気にしても仕方がない。
わからないし、わかろうとしてもいないのだから。
この前秋葉原で多数の死者を出した男は、誰も自分をわかってくれないとほざいていたそうだ。 当たり前だ。他人をわかろうとしない奴を誰がわかろうとしてくれるというのか。
人とは、わかろうとして初めてわかろうとしてもらえる生き物なのだ。 誰彼構わずにわかってほしいと喚くのは、赤ん坊くらいのものだ。
何もせずにわかってほしいなど、愚の骨頂。
しかも、殺してみたいなどという我が儘極まりない理由で罪無き者を殺した。
愚かしい。
私達はこの世に特別な人間がいるはずがない。ましてや自分が特別であるはずがない。ということを常日頃から認識して生きるべきである。
なぜなら、『特別』とは、『異常』『異質』なこと。
日々『普通』に埋没する幸せを感じながら生きる方が楽であるとポッチャリは考える。
『異常』や『異質』は病気の時や、死ぬ直前に感じるだけで十分だ。と考えている。
みんながもっと『普通』を幸せに感じるようになれば、世界はもっと平和で愛のあるものになると思う。
とりとめなくただの愚痴を書いたことをここにお詫びする。
スミマセン。
夏がすぐそこに息を潜めているのをよく見かける今日この頃、クーラー病には気をつけよう。特に女子諸君!
実は前々から気になっていた花(?)があったのだが、今一つなんなのかわからない。
花と言われれば花。葉っぱと言われれば葉っぱ。そんな輩だ。
名前が知りたいわけでも何でもないのだが、とにかく気になる。気にしないのだが気になる。
しかし、気にしても仕方がない。
わからないし、わかろうとしてもいないのだから。
この前秋葉原で多数の死者を出した男は、誰も自分をわかってくれないとほざいていたそうだ。 当たり前だ。他人をわかろうとしない奴を誰がわかろうとしてくれるというのか。
人とは、わかろうとして初めてわかろうとしてもらえる生き物なのだ。 誰彼構わずにわかってほしいと喚くのは、赤ん坊くらいのものだ。
何もせずにわかってほしいなど、愚の骨頂。
しかも、殺してみたいなどという我が儘極まりない理由で罪無き者を殺した。
愚かしい。
私達はこの世に特別な人間がいるはずがない。ましてや自分が特別であるはずがない。ということを常日頃から認識して生きるべきである。
なぜなら、『特別』とは、『異常』『異質』なこと。
日々『普通』に埋没する幸せを感じながら生きる方が楽であるとポッチャリは考える。
『異常』や『異質』は病気の時や、死ぬ直前に感じるだけで十分だ。と考えている。
みんながもっと『普通』を幸せに感じるようになれば、世界はもっと平和で愛のあるものになると思う。
とりとめなくただの愚痴を書いたことをここにお詫びする。
スミマセン。



