三丘城(みつおじょう) 毛利元就歯廟 周南市

三丘は毛利元政(元就の七男)の知行地だったが寛永二年(1625)の知行地替えにより

佐波(防府市)の牟礼から宍戸広匡が入れ替わりました。

毛利元政と宍戸家の遺構があります。

 

 

毛利元就公歯廟

元政は元就の抜け落ちた歯を貰い受け肌身離さず持ち歩いていたが、

慶長八年が元就の三十三回忌にあたるため、供養塔を建立し遺歯を納めた。

 

    右が元就公歯廟  

     左は乃美の方(元政生母)の宝篋印塔