伊藤博文記念館 山口県光市
伊藤公自らが基本設計を行い完成を望んでいましたが、
明治四十二年(1909)10月、完成を目前に凶弾に倒れ故郷に戻ることなくその生涯を終えました。
平成十六年(2004)2月、大規模な補修工事を終え、現在は旧伊藤博文邸として公開されています。
伊藤博文生家
伊藤公は、天保12(1841)年9月2日、林十蔵・琴子の長男としてこの茅葺の家で生まれました。
公が6歳まで暮らした家を復元しています。
家の裏には産湯に使った井戸や幼少期に遊んだ銀杏の木が残されています。
伊藤公資料館
没後110年を記念した企画展「手紙が語る伊藤博文の教育方針」が公開
館内は撮影禁止なのでお借り画
資料館内では伊藤博文一行と韓国の皇太子が大磯の海岸で遊んでいる映像が見られます。
映像からも飄々とした博文の様子がわかります。
当時大磯には政界の重鎮たちの別荘が立ち並んでいました。
土地には伊藤公の逸話が残っています。
山縣は護衛の人が付き、陸奥は仕込み杖を持って散歩したが、伊藤公は一人で平服で出掛け
時には着物の尻をはしょった姿で出歩き、農家に立ち寄り話しかけ米の値段や野菜の価格なども聞き
暮らしのことなども畑の畔に腰掛け老人相手に話すこともあり村の農民や漁民などは
伊藤公を「テイショウ(大将)」と気軽に呼んで話しかけたと云われます。
伊藤公像
伊藤公パズル上級合格しました。
56人目の合格者
クロスワードです。館内でよく勉強しないと合格できませんよ
賞品のシール
























