紫電改2  愛南町
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紫電改展示館
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県は、紫電改の製作に当たった旧川西航空機株式会社
現新明和工業株式会社航空機製作所に委託し、一部補修、防錆塗装を行った。
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太平洋戦争末期の第343海軍航空隊松山基地を再現した
1/24スケールのジオラマ。

二本の黄色のストライプ入りの機は菅野(新選組)隊長の
愛機、A15号機
自分の紫電改に敵をひきつけるため黄色のストライプ模様を描いた。
他の隊長もそれに倣ったという
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航空主務参謀・源田実大佐が自ら司令となり制空権の奪回を目的に精強な航空隊の編成を計画、近代的な編隊空戦の実現を目指した。
 
「紫電」・「紫電改」の戦闘機と偵察機「彩雲」から編成
 
343空の特長は偵察隊を設けたこと。
戦闘機隊が独立した偵察専門の隊を持つのは当時珍しいことだった。
 
通信と情報網の整備に必要な器材を確保し
最新鋭の「紫電改」当時集められるだけの優秀なパイロットを集め、他部隊から羨望の声があがるほど強力な、日本海軍の切り札となるべき「剣部隊」であった。
 
本土防空が任務であり、特攻には徴用されなかった。
 
戦闘301は「新撰組」、戦闘701は「維新隊」、
戦闘407は「天誅組」、彩雲の偵察隊は「奇兵隊」というように各隊にサブネームを付けていた。
 
搭乗員だけでも120名、整備員他部隊全体では3,000名を数えていた。
昭和19年12月25日松山基地で開隊いらい終戦まで約170機の敵機を撃墜したとされる。
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       紫のマフラー
(元紫電改搭乗員 笠井智一氏の手紙より)

 昭和19年(1944年)12月、301航空隊の菅野隊長以下12~3名は、横須賀基地から松山基地に移動した。
当時は301飛行隊のみで、407・701飛行隊は他の基地にいた。
松山基地に移動と共に転勤者と合流、20名余の搭乗員は、12~3機の紫電改で猛訓練に励んだ。
松山着任後の初めての外出で、大街道の小さな食堂へ4~5人で入った

食堂とは名のみで、食べる物は何もなく、持参の弁当のみだった。
奥から優しい顔のおかみさんらしい中年の人が来て、「兵隊さん何もないのよ」と独得の松山弁。
「はい、弁当を持っていますのでお茶を下さい」と。
「お茶ならいいよ」と。
弁当を食べながら、私達は紫電改の優秀さやフィリピンの特攻の話をした。
横で聞いていたおかみさんは、「兵隊さんたち苦労したんやね。よく生きて帰れたね」と。
「これから何処にいくの。変な遊ぶところなんか行ったらいけんよ。よかったら私の家でゆっくりしていったら」とのことで一服させてもらうことにした。
畳の部屋に案内され、久し振りに畳の上での親切なおもてなしに感謝して帰隊した。
このことが隊で一躍評判になり、隊長以下、多くの搭乗員が行くようになった。

このおかみさんが「紫のマフラー」の主であり、通称「コトちゃん」
こと今井琴子さんで、戦中戦後を通じ、大変お世話になった人である。
昭和20年1月1日に戦勝祈願で琴平の金比羅宮に空中参拝をした。
このとき着陸に失敗して死亡事故が発生、正月早々に不吉な予感がした

正月の特別外出で、早速、新年の挨拶に今井家を訪問した。
この時おかみさんが「皆様は紫電改だから紫のマフラーを作ってあげよう。マフラーの布は、私が結婚のときに持参した白無垢の布がある。これを紫色に染めて、そのマフラーには、済美高女の生徒さんに刺繍をしてもらう。校長先生に私が頼んであげる」とのことで、

私の編隊4機は、1番機杉田上飛曹の座右の銘、「ニッコリ笑えば必ず墜す」に決定。
他の編隊は、各自の思う文句を刺繍してもらうことにした。

1月の下旬、早くも38枚のマフラーが完成した。
度重なる空襲に「紫のマフラー」と共に戦死した者多数。

私の4機の編隊も4月15日鹿屋上空の空戦で1番機の杉田上飛曹、3番機の宮沢一飛曹は戦死、4枚の内の2枚は遺体と共に焼失、38枚の「紫のマフラー」は、今3枚を残すのみとなり、その1枚がこれである。
今井琴子さんは数年前に他界され今は亡く、この「紫のマフラー」は、今井琴子さんの霊と共に永く生き続けることであろう。
今般、南レク(株)のご発案で、南宇和郡愛南町の馬瀬山の紫電改展示館内に紫電改の雄姿と共に「紫のマフラー」が甦ろうとしている。
多くの見学の皆様に見ていただくことは「以って瞑すべし」多くの戦死者と共に永遠の供養になることでありましょう。

合掌
平成19年6月21日
笠井智一

(展示パネルより)
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高度な操縦技術を持ったパイロットにより、
海面上に不時着させられたと考えられる。
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優れものの展望タワーがあります

高さ107mの宇和海展望タワー
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展望室からは
360度の宇和海の美しいパノラマが楽しめる
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入口
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ゆっくり回転しながら上がっていきます
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紫電改が沈んでいた久良湾
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愛南町
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町から展望タワーを見る
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愛南町  いい所でした
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