黒沢健一さんがアマチュア時代に組んでいたバンド「THE RAGIEES(ラギーズ)」の活動記録を、過去のインタビューや関係者さまの証言を元に作成してみました。
インタビューによって証言内容が異なる所もあるため、事実と異なる点も含まれていると思います。
【1984年】黒沢健一・高校1年生
【1985年】黒沢健一・高校2年生
この時期のデモテープは複数バージョンが存在し、それぞれ収録曲が若干異なる。
秋頃
ベースとドラムが相次いで脱退。メンバーが揃わずライブが出来ないため、黒沢宅にてデモテープ作りを行う。
健一の一人多重録音による「NORTHTOWN CHRISTMAS」の原型は、この年の冬までに完成。
同じく、健一の一人多重録音による「Motion Picture」も、この頃に書かれたものと思われる。
【1986年】黒沢健一・高校3年生
インタビューによって証言内容が異なる所もあるため、事実と異なる点も含まれていると思います。
【1984年】黒沢健一・高校1年生
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中学時代に組んでいた大所帯のコミックパンク・バンド「パピヨン・ファックス」が分裂。
中学時代に組んでいた大所帯のコミックパンク・バンド「パピヨン・ファックス」が分裂。
健一のバンドは「ポップス寄り」の3人(ボーカル・ベース・ドラム)に。 その名を「THE RAGIEES(ラギーズ)」とする。
バンド名の由来は、THE BEATLESのアルバム「RUBBER SOUL」収録の「I’m Looking Through You」から。
バンド名の由来は、THE BEATLESのアルバム「RUBBER SOUL」収録の「I’m Looking Through You」から。
出だしの歌詞 “ I’m Looking Through You. Where did you go ? ” の“ Where did you go ? ” が「ラギージュゴー」と聴こえ、その響きを健一が気に入ったため。
【1985年】黒沢健一・高校2年生
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5月頃
PAや照明など「設備の整ったステージで演奏できる。」という理由から、
5月頃
PAや照明など「設備の整ったステージで演奏できる。」という理由から、
「CBSソニーオーディション’85 関東甲信越地区大会」に出場。※会場は不明
演奏曲は「YOUNGER THAN YESTERDAY」。
賞を受賞するが、決勝大会(渋谷公会堂)に進んだという記録はなし。
6月頃
ヤマハ「East West’85 茨城予選大会」に出場。
演奏曲は「YOUNGER THAN YESTERDAY」。
賞を受賞するが、決勝大会(渋谷公会堂)に進んだという記録はなし。
6月頃
ヤマハ「East West’85 茨城予選大会」に出場。
※会場・演奏曲は不明
決勝大会への出場は逃すが、ドラムがベスト・ドラマー賞を受賞。
7月
デモテープが制作される。収録曲は
決勝大会への出場は逃すが、ドラムがベスト・ドラマー賞を受賞。
7月
デモテープが制作される。収録曲は
「BABY BACK」
「YOUNGER THAN YESTERDAY」
「I CAN’T SAY ANYMORE」
「(I WANNA)BE WITH YOU」
「MAYBE BABY」
「TELL ME WHY YOU’RE LEAVIN’」など。
この時期のデモテープは複数バージョンが存在し、それぞれ収録曲が若干異なる。
中にはThe Whoのカバーを収録したものもあり、
また、ライブではWings等のカバーも演奏していた。
秋頃
ベースとドラムが相次いで脱退。メンバーが揃わずライブが出来ないため、黒沢宅にてデモテープ作りを行う。
健一の一人多重録音による「NORTHTOWN CHRISTMAS」の原型は、この年の冬までに完成。
同じく、健一の一人多重録音による「Motion Picture」も、この頃に書かれたものと思われる。
【1986年】黒沢健一・高校3年生
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春頃
新たなベースとドラム、そしてギターが加わり4人体制に。
5月頃
「CBSソニーオーディション’86 関東甲信越地区大会」に出場。 ※会場・演奏曲は不明
合格し、決勝大会への出場権を得る。
この時のオーディションがきっかけで、後のL⇔Rプロデューサー岡井大二と出会う。
6月頃
ヤマハ「East West’86 茨城予選大会」(日立市民会館)に出場。 ※演奏曲は不明
優勝し、決勝大会への出場権を得る。
8月26日
ヤマハ「East West’86 決勝大会」(中野サンプラザ)に出場。
演奏曲は「(I WANNA)BE WITH YOU」。
バンドでの入賞は逃したが、健一が審査員の小室哲哉から「ベスト・コンポーザー賞」を受賞する。
秋~冬頃
バンドをEast West’86に推薦した島村楽器日立店のスタジオにてデモを数曲録音。
12月12日
「CBSソニーオーディション’86 決勝大会」(日本青年館)ジュニア部門に、関東甲信越地区代表として出場。この時は「ラギーズ」としてではなく「黒沢健一」ソロ名義で出場している。
演奏曲は「(I WANNA)BE WITH YOU」。
「育成アーティスト賞」を受賞し、高校卒業後にソニーと作曲家契約を結ぶ事になる。
ちなみに、健一と同じジュニア部門には「槇原敬之」が、シニア部門入賞グループ6組の中には「ユニコーン」と「エレファントカシマシ」がいた。
春頃
新たなベースとドラム、そしてギターが加わり4人体制に。
5月頃
「CBSソニーオーディション’86 関東甲信越地区大会」に出場。 ※会場・演奏曲は不明
合格し、決勝大会への出場権を得る。
この時のオーディションがきっかけで、後のL⇔Rプロデューサー岡井大二と出会う。
6月頃
ヤマハ「East West’86 茨城予選大会」(日立市民会館)に出場。 ※演奏曲は不明
優勝し、決勝大会への出場権を得る。
8月26日
ヤマハ「East West’86 決勝大会」(中野サンプラザ)に出場。
演奏曲は「(I WANNA)BE WITH YOU」。
バンドでの入賞は逃したが、健一が審査員の小室哲哉から「ベスト・コンポーザー賞」を受賞する。
秋~冬頃
バンドをEast West’86に推薦した島村楽器日立店のスタジオにてデモを数曲録音。
12月12日
「CBSソニーオーディション’86 決勝大会」(日本青年館)ジュニア部門に、関東甲信越地区代表として出場。この時は「ラギーズ」としてではなく「黒沢健一」ソロ名義で出場している。
演奏曲は「(I WANNA)BE WITH YOU」。
「育成アーティスト賞」を受賞し、高校卒業後にソニーと作曲家契約を結ぶ事になる。
ちなみに、健一と同じジュニア部門には「槇原敬之」が、シニア部門入賞グループ6組の中には「ユニコーン」と「エレファントカシマシ」がいた。