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赤壁の周瑜像。


近所に赤壁の周瑜像があったらいいのに。。。。。
(それはもはや「赤壁の」では・・・)

一番近くて神戸にありますよね。周瑜像。

でもあの周瑜さまは「横光三国志」の周瑜様ですよね・・・
ちょっと微妙・・・。
だって、横光の周瑜様ってどう見積もっても演義のニセ周瑜じゃないですか。
ベースがそこだと思うとなんだか釈然としないセコイ私を許してみたいな。

・・・そんなことないのかなぁ。
あの周瑜像にもちゃんと敬意はこもってるんだろうか。
こもってるか。そういえば除幕式は周瑜像だったんだよね・・・。なぜか。
え、何で孔明じゃないの?とまず思っちゃう哀しき周瑜ファンの条件反射。

神戸の周瑜像は制作段階から愛されて作られたのかどうかは定かじゃないけど
(愛して制作して下さってたらごめんなさい)
赤壁の周瑜像はまちがいなく愛されて制作されただろうと!
「わしらの周郎をたたえねば!」(←誰)ってな感じで作られたに違いないです。
じゃなきゃあんなにでかくないと思います(笑)
だって、一般的な認識としては
赤壁=孔明の独壇場ですよね。でたらめだけどな!

てことは何か客寄せ的な目的でもって赤壁を演出しようと思ったらそら孔明ですよね。
実際七星壇とか作ってますよね。でたらめなのに。
完全な作り話なのに「史跡」みたいな顔して居座ってるとかマジありえなくないですか。いやその話ネタだから。っていうね。
そういう事が許される場所なんです、孔明マンセーな場所になりかねなかったのが赤壁だと思うですよ。
そういう場所に、これ見よがしにどデカイ周瑜像を建てちゃうという、
それはもう、愛ゆえでしょ?赤壁の勝利はこのお方のものだ!!
という、江南の善男善女の悲痛なる魂の叫び、ほとばしる熱いパトス!(←は?)
ただの三国志テーマパーク的な存在としての赤壁だったら、おそらく周瑜さまはそんな扱いではなかったかと。
下手したら、劉備軍の銅像と十把一絡げ的な扱いもありだったのでは・・・
(さらに下手したらその銅像の中でも一番でかいのは孔明という恐怖展開もあったかも…)
誰が「でかい周瑜像を建てよう!」と言ってくれたのかは知りませんが、
ありがとう!心の友よ!!


・・・しかし、ぶっちゃけ、三国演義しか知らない人が赤壁で ででん と立ってる周瑜像を見たら
「孔明にこてんぱんにされた小物がなんで?」
って思うんじゃなかろうか。

違うんだよ。
あれは 作り話なんだよ。でたらめなの。