生きるって大変! でも、だから「生」って素晴らしいのかも。って思わせてくれる作品。
晴天の迷いクジラ
窪 水澄 著
新潮文庫
デザイン会社の社長、48才の野乃花、デザイナーの由人24才、そして16才女子高生の正子。
この三人を軸に物語は展開していく。
由人のエピソードから物語は始まるのだが、いるいるこういったデザイナー男子、と妙に納得してしまうリアリティには笑ってしまった。そして、付合っている積極的で肉食系の女子も想像に難くない言動をする。感受性が豊か過ぎて社会とうまくマッチできない感じも。そして、由人はこの子にフラレてしまうのだが、その原因も振られ方も若さ故の残酷さを秘めていて、こういう失恋を通して人は強くなっていくのだ、と思うのだが、やはり本人にしてみれば深刻な問題なんだろうなぁ。
加えて、激務も含めて由人は心療内科のドアをノックすることになる。
そのデザイン会社の社長が、野乃花だ。
野乃花の18才のエピソードが描かれるのだが、この1年と少しかな、の時期が野乃花の人生のターニングポイントになる。
漁村に生まれ、潮と魚の匂いの中で育った野乃花には、絵の才能があった。
その才能が、出会いを作り、野乃花を違った人生へといざなっていくのだが、マイノリティであるがゆえの社会に対する不感症という処し方をしてしまい、大人たちに翻弄されてしまう。
マイノリティがメジャーの中に入った時の疎外感。よく分かるなぁ。
ただ、野乃花はあまりにも若かったんだな。
逃げることで新しい自分の人生を歩き始める。
それから30年。
まったく違う自分の生き方を東京で探し、違う自分を作ってデザイン会社を起こすのだ。
そして、正子。母親にすべてを監視され、誰とも接触することも許されず育てられる。
ある日、父親が何気なく言った言葉が、幼い正子の頭にインプットされる。
「よくお母さんの言う事を聞いて、お母さんを大事にしような」
この言葉が、正子の16年の人生をぐるぐる巻きに縛り付けて行く。
高校生にもなって門限が5時。
それでもお母さんの悲しい顔が見たくないと思い、学校の近くの駄菓子屋にも寄らず、親しい友だちも作らずに真っ直ぐ帰宅する日々を送っていた。
ある日、正子に声を掛けてきた男子。その子がくれた水色のソーダのアイス(どう考えてもガリガリ君だね)。母親に体に悪いから、と食べる事を禁じられていた市販のアイス。
このアイスがきっかけで、正子のぐるぐる巻きにされていた人生に、小さなほころびが生まれる。
良いほころびだと、思う。
少しずつ、正子に笑顔が生まれていく。笑うってこういうことだったんだ、と気付くことすら嬉しい発見なのだと。
しかしまぁ、やっぱりここでも母親は出てくるんだな。仕方ないけど。。。
やがて、野乃花の会社は倒産に向かってヒマまっしぐら。由人は彼女に振られてやけっぱち。正子は大事なものの存在に気付いて、自分に目覚めるのだが、母親との狭間で悩み、やり場のない思いで潰されて行く。
そんな3人が、やがてクジラが迷いこんだという半島で出会う。
それぞれの胸に、生きることへの諦めや生きるための目的や、大切な人との想いがある。
クジラと、その湾で生きるひとたちとの何気ない日常の中で、3人は改めて自分と、そして、いまなぜか一緒にいることになったふたりのことを想う。
生きる中でぶつかった絶望ってどれくらい息苦しいんだろう。
絶望の果てに見える希望ってどんな景色なんだろう。
そんな空気観や景色を見せてくれる作品ではなかろうか。