車の運転をしていて、ふと、数年前自殺した友達の事を思い出しました。
高校のクラスメイトで結構仲良くしてたんですけど、卒業とともに疎遠に。
彼女は大学へ、私は就職。成人式で逢った時、彼女はママの着物を着て喜んでたんだよね。特に連絡をとったりしてかなったけど、遠くで元気にしてると信じてた。
彼女が大学卒業間際の冬、高校の時の先生からうちに電話があって、彼女の死を知った。
私が妊娠7ヵ月、自殺願望と闘って薬を飲んで毎日泣いて暮らし、目を閉じれば遺書をめぐらせ、思う言葉はごめんなさいばかりの時期。心の中は死にたい、死なせて、ばかりになっていた。
不謹慎だけど、先を越されたと感じた。そこは私が行く場所だ。
彼女の葬式は盛大なものだった。
入り口には生前の写真が飾られ、成人式の写真もあった。吹奏楽をしていた彼女は後輩も多く、たくさんの人が訪れていた。
私の葬式にはこんなに来てくれる人いないよ。
彼女の葬式の向こうに、自分の葬式を見ていた。
彼女の顔は、安らかというより悲しそうで、せめて、苦しみから解放されてる事を願った。
ただ、私の自殺願望が薄れる光景をみた。
彼女の家族の悲しみ。
彼女によく似た妹、弟、父、母。
特に母親は、理解できずに笑っていた。
ここまで、親不孝をしてまで、逃れたかった苦しみはなんだったのだろう。
自分の親が重なる、きっと耐えられないだろう。自分を責め、苦しむだろう。
それは私が願うものではなかった。
夜、浮かぶのはあの葬式ばかりになった。悲しむ親の姿。
私は死ねない。
彼女が止めてくれた。
私の症状は出産と共に治り穏やかな日々。
死にたいと思わない時間があるのが幸せ。
彼女に子供を見せれないのが悔やまれるけれど、生きてても会ってなかったかもしれないし、いつも通りに生きていく。
時々、自分が死ぬ夢を見る。旦那がブログに最後の記事を書いてくれる。今日までありがとう。
彼女の自殺の理由が気になったが、興味本位でしかないと今も聞かずにいる。
相談してくれればと思った時もあったけれど、私なら誰にも言わず行っただろうから。彼女の話はタブーになっている。いつか自然に、彼女の話ができるようになれたらいい。みんな傷と共に彼女を忘れない。
とか思いながら運転してたら
涙がこみ上げてきた
彼女が大好きだった
生きていて欲しかった