どうして、私は大切なひとを大切にできないのか。
傷つけてしまうのか。
自分のことをかまってほしくて、わざと傷つけることをするのか。
最悪だ。
自分が輪の中に入れないもどかしさ、悲しさはあっても、
勇気を持って入ってくことはできない。怖い。
黙っていて、誰かが見つけてくれるのを、じっと待ってるイヤな人間だ。
自分の力では何もできない。
私は、妻に甘えている。
妻は、進んでやってくれる。私のことを、わかってくれる。
その心地よさに甘え、思い通りにならないと、傷つけることをする。
これは、一種のDVだ。私の中に、悪い一面だ。
ちょくちょく顔を出す。こいつに、勝つ。もしくは、悪い所をきちんと知って対処する方法を身に付けなければ。
モヤモヤした玉のような締め付ける胸の痛みが住んでいる時に、
その自分の弱さに苦しくても行動にうつせる強さを身につける。
どうせ、このモヤモヤに負けてじっとしていても状況は良くならない。
むしろ、悪い方向へ進む。最悪の結末しかない。
だったら、好転するかわからないが、例えば輪の中に入れないのなら、
声を出してみる、それができないなら、別の行動を考えるなり、
行動できない恥ずかしさを乗り越える勇気を出そう。
そして、与えられるのを待つのではなく、与えることができる人になろう。
同じ間違いを繰り返さないために、
自分がお客さんになるのではなく、
思いやりや優しさを与えることができる心が大きな大人になる。
もう、悲しい思いをしたくない。させたくない。
振返ってみると、私の浅はかさと慣れが招いたことだ。
考えが浅い。心を使っていない。
物事の上辺だけを聞いて、「なぜ、そんなことになるか」「そのようにするか」の理由を考えない。今回のスキー旅行も「スキー」に行くことしか考えてなかった。「亡くなったお義父さんが喜ぶ」ためや「お義父さんを失った悲しみを笑って乗り越えていくお義母さんやお姉さん、智子の力になること」。そのために、
自分は参加するべきだった。
私は、本当に心が麻痺している。いや、心を動かすのをさぼっている。
一生懸命にしていない。一生懸命に楽しまない。
もっともっと、みんなを盛り上げれば良かった。もっともっと、遊べば良かった。もっともっと仲良くなる努力をすれば良かった。
相手を思いやる気持ち。相手の気持ちを考えて、行動する。
小学生が学ぶべきことから、始めよう。
それを行動の軸にする。これをやって、僕は変わろう。変わろう。
そして、面倒なことを楽しむ力を持とう。要は、考え方次第。
2015年の目標は、友だちをつくること。
大人の友だちも子供の友だちも、
もう一度始めよう。
「恥ずかしい」と「めんどくさい」と気持ちを燃やして灰にする。
この2つの気持ちがわき起こらないようにするだけで、うまくいくはず。
妻を智子を大切にする。
それは、その周りの人も気持ちも大切にすること。
今年から一生守り続ける約束にする。
