中国の巨大企業グループ「中国恒大集団」が巨額の債務不履行によって経営危機に直面しているというニュースは、世界の投資家たちを右往左往させ、各国の株式市場を乱高下させた。中国恒大は、銀行からの融資に加えて、同社の社債などを発行し、それを利用して積極的な資産投資や同社のメイン事業である不動産開発を促進していた。日本でいえば、「バブル」経済のけん引役のひとつと目されていた。


 だが、習近平主席ら中国共産党の政策方針の転換によって、同社に代表される過剰な資産投資や住宅価格バブルつぶしが、2020年後半から進行した。これは2022年に共産党大会を控えて、国家主席の在任期間の延長、できれば無限延長を狙っているとされる習近平首席が権力維持を狙った政策のひとつだと思われる。都市部を中心にした住宅バブルで、富裕層にさらに所得と資産が集中し、経済格差が高まることで、中国人民の不満が高まることを、政治的なリスクだと習近平主席は考えたのだろう。似たような事例では、習体制一期目におきた汚職追放運動というものがあった。共産党幹部にまで波及した汚職追放運動は、共産党のマスメディアを利用したイメージコントロールもあり、中国世論では表面上はかなりの「人気」を習体制にもたらした。しかもその汚職追放運動の過程で、彼は自らの政治的ライバルの追放にも成功し、一石二鳥であった。今回は富裕層への締め付けが、それにとって代わった。これを習近平主席は「共同富裕」といっている。「共同富裕」はそのままに解釈すれば、中国の社会主義的な理念(みんなが経済的な平等を実現する)と矛盾はしない。だが、この「共同富裕」を標語通りに解釈する人はいないだろう。


 「共同富裕」の例は、中国恒大のような住宅バブルに貢献している企業だけがターゲットではない。例えば、中国では不動産購入に有名私立学校への優先入学権がついた人気商品があった。これも共産党は禁止し、さらに教育格差を生み出すとして海外資本によった教育産業の締め付けを行った。また中国を代表し、世界的にも知られる最先端のIT企業であるアリババ、テンセントの経営戦略に露骨なほど介入した。そのため両社は、企業の増資や合併・買収計画などの見直しをせまられた。それだけではなく、テンセントなどは自社利益の一部を社会に還元するファンドの立ち上げを選んだ。これは習近平主席の顔色をみての「社会福祉」事業だともいえる。
 このような習近平主席や共産党が、締め付けのターゲットを恣意に選ぶ「共同富裕」政策は、およそ開かれた社会のものではない、と世界的に著名な投資家のジョージ・ソロス氏は批判を強めていた。ソロス氏は、現在は投資の世界からは引退していて、そこで築いた巨万の富を利用し、自由で「開かれた社会」を世界に築くための福祉活動に力をいれている。ソロス氏はまた、中国恒大が発行したジャンク債(ハイリスク・ハイリターンの資産)を組み込んだファンドを購入した世界最大の投資会社ブラックロックを批判してもいる。そもそも中国恒大危機は、基本的には中国国内の経済危機にしかすぎない。その理由は簡単で、何十兆円もの巨額の債務不履行を起こしても、その大部分は中国の政府系金融機関からの融資によるものだからだ。つまり政府と中国恒大との不良債権・債務問題でしかない。中国当局の介入の規模とタイミングだけが基本的な問題である。もちろんこの処理に失敗すれば、中国経済への影響は甚大かもしれないが、「救済の失敗」の確率は低い、というのが専門家たちの見立てだ。ただし例外的にブラックロックのような海外の投資家が巻き込まれる可能性があり、それが世界の投資家を危険にさらしている、というのがソロス氏の批判である。中国恒大危機がどのような経過をたどるか、現段階ではまだ不透明なところがある。今後も注意しておく必要はあるだろう。


 この中国恒大危機をもたらしたのが、習近平主席のバブル企業つぶしにあったことは述べた。これはまた「中国のハリウッド支配」に大きな影響を与えてもいる。21世紀になってから、中国はハリウッドやディズニーの文化を限定的に受け入れてきた。例えば、海外の映画会社やまた中国資本が連携した映画の年間上映数もいまだに制限されたままである。他方で、中国のバブルな経営者たちは、その潤沢なお金をハリウッドなどに積極的につぎ込んできた。このためハリウッドなど米国の映画産業は中国なしではいまや考えられないほどに、中国のお金に依存しているといえる。そもそも人口16億の中国市場は、ハリウッドにとっては将来的に自国を上回る魅力的な市場である。実際に、直近のデータでは中国でのアメリカが関係した映画の売り上げは、アメリカ本土の3割ほどにのぼる。上得意になった中国市場向けに、ハリウッドもディズニーも習近平体制の恣意的な映画検閲にも配慮している。具体的には、天安門事件、台湾、チベットにつながりかねないものを自主検閲している。『ドクター・ストレンジ』でチベット僧を思わせるキャラクタ―を変更し、また新作の『トップガン』では前作で出てきたトム・クルーズのジャケットから台湾と日本の国旗が消えたのは象徴的な出来事だ。また10年ほど前は、中国一の富裕資本家といわれた王建林氏が率いる大連万達集団は、米国の4大映画館チェーンの一つであるAMCシアターズ を買収し、また映画制作にも手を伸ばした。いわば中国の「ハリウッド支配」が目前だった。


 だがこの「物語」には現在、大きな見直しが行われている。ひとつは、習近平氏のバブル企業つぶしの標的に、大連万達集団がなったことだ。そのために今年の冒頭に、王氏はAMCシアターズを売却した。いまや王氏は中国有数の資産家ではない。もうひとつの見直しは、映画の消費者たちからのものだ。新型コロナウィルス禍で、アメリカの映画産業も苦境に陥った。ディズニーの『ムーラン』は、コロナ禍で劇場公開を日米ともに中止に追い込まれ、デジタル配信になった。しかし同作が、新疆ウィグル自治区で撮影協力を得たとして国際的な批判をうけた。なぜなら中国政府のウィグル民族への弾圧が問題化されていたからだ。そのため同作の興行はイメージ的にも大きくとん挫した。ハリウッドもディズニーもより「中国」という要因に慎重にならざるをえなくなっている。