まさしく

戦争を知らない子どもたち

の、一人であります

が、父親が長崎は佐世保の出身なので

戦時中の話しは良く
聞かされておりました

当時の佐世保は言うまでもなく
軍港でしたから

空襲も凄まじかったらしいです


実家は全焼、焼け跡から
父親一人で

祖父と病気で亡くなった妹の遺骨を何時間もかけて
探し出したそうです


空襲警報が鳴り響いた時の事

B29の爆音

際限なく落ちてくる
焼夷弾から
懸命に逃げた事…等々

因みに祖父は亡くなる前に
米兵が沖縄に上陸したら
時間の問題だ

そうなったらお前達は
(父と叔父)は
これで自決しろ!と、
父は家に代々伝わる日本刀叔父は祖父が軍隊時代に
自分で作った刀を
渡されたそうですが…

オイラがいるって事は
父達は自決しなかったって事でありますな

人が焼ける臭い
腐る臭い

焼け焦げた母子

でも、可哀想なんて思う
どころぢゃ無かったらしい
自分が生き残るのに必死でね

そう言えば父親が唄う
子守唄は皆軍歌だった(笑)

終戦の宣言を聴いた時の
話しをする時は
酔っているとたいがい
泣いてましたな…

そんな父親が逝ってもう
20年近く経つんだなぁ…

合掌