姑の老人ホーム入所
なかなかかけずに放置していたので、遅くなってしまいましたが、今更ですが
自分のためにかきます。
結婚して37年、夫の親と同居して、34年。
20歳で結婚してしまった?ので、義母とは実母より長く暮らしていました。
夫は男兄弟3人の末っ子。私は姉妹2人の長女。父は子供の頃に亡くなり足の悪い母が必死で育ててくれました。
なので、初めの約束では結婚したら家を建てて両方の親と仲良く暮らすのが夢でした。
どこからか歯車が狂いだし、結局夫の両親との同居になり母は1人で暮らすことになりました。
思えば最初から間違っていたんだと思います。
それでも1人で暮らすと決めたのは母だし、姑達と暮らすと決めたのは私なので精一杯頑張らなきゃとなんとかやってきました。
何年かおきに手術を頑張ってきた母の付き添い、病院通い。その度にやきもちをやく姑。
口癖のように「女の子はいいわね」と。
自分の母だけでなくなんでも平等にしなければと姑の病院通いも1週間に一度仕事の休みや仕事前など送り迎えをしてきました。
仕事が忙しい旦那には休みがあっても一才頼まず私にだけ。そのうち単身赴任で1週間に一度帰ってくる生活になってしまったので仕方ないといえば仕方ないんですが。
母が何度目かの手術で退院する前に実家に手を入れた時のことです。うちの実家は素人の父が廃材を使って建てたようなオンボロ小屋でしたので、身体が不自由な母が1人で住むにはかなり危険だし、不衛生。母とうちと妹のうちで費用を出して母のいるところだけでもとリフォームをすることにしたのです。母の入院中に終わらず何日かだけでもうちに連れて来たいと姑に話しましたが、無視されて結局住みながら工事をしてもらうことになったのです。
まあ、旦那もそれを知ってて無視するくらいですから。
この時からもう私の中では姑や旦那につくすなんて気持ちは消え去りました。
それからしばらくして母がボヤを出しかけたと聞いてかわいそうでしたが母の老人ホーム生活が始まったのでした。ホームの生活8年コロナ化であまりあえぬまま元気な姿の母をみれぬまま、一度も同居を叶えられぬまま亡くなったのでした。
その間姑も歩くことがままならなくなり、家の中でも頻繁に転ぶようになり風呂も自分で入るのが大変になっていったのでした。それでも一緒にいるためにデイサービスに通ってもらったり風呂に入れてもらうよう説得したのですが、プライドの高く頑固な姑はゆうことをきいてくれなくなったので申し訳ないけどホームに入所してもらうようになかば強引に入所してもらったのでした。