フライヤーの一文
お母さん、僕はあなたが嫌いです。
これがずーっと頭の中に引っ掛かっていて、残ってて。。
ここ数年、元旦だけ実家に顔出す状態で(皆んな集まるから兄弟に会いに行く理由で)、昔色々あったから意識して距離を取ってたんだけども。
別に昔あった事を今でも恨んでるわけではないですが、自分勝手な親だなぁ...(父はもっとそうだけどw)ってのが今も全く変わらなくてね。。
まぁ、好きか嫌いかって言ったら完全に「嫌い」なのは間違いなくてね(笑)
そんな母が夏に倒れてから最近まで転院だ施設入居だ...とあったので、色んな事が重なりました。
観劇していて、子を産む決断だったり、一生添い遂げる覚悟だったりの件を観ると、やっぱり母は女性は強いなぁ偉大だなぁなんてのを改めて思う訳ですが、自分の母と重ねてみたりを思うと、やっぱり一人の人間としては何も変わらないので脆いなぁとも同時に思うわけです。
詳しくは言えないけども、うちの場合は意思疎通が難しいから、生きたいとか死にたいとかも今の状態では分からないからね。
ただ、こうなる直前に弱気な発言をしていたのを周りから聞いてはいたので、やっぱりねって。
守るものが無いと(自分以外で)そうなんだろうなぁなんてね。
その発言を聞いてからは、母に対しての嫌いな感情はかなり減ったんだけど...
こうなる前にもう少しコミュニケーション取っておけば、また違ったのかも?とは正直感じました。
人のためにつく嘘、自分のためにつく嘘...の件はそれこそ「守るもの」の存在なんだろうな...と思います。
最後の最後は自分なんだろうけども、その自分を否定するって事は(自分なんてどうでもいいとか、生まれてこなきゃよかったとか...)、自分の大切な人をも同時に否定する事になるんだよね...って。
かと言って嘘はね...っての実際あるわけだけどもw←そのあたりのバランスみたいなのを取っていくのが人間なのかもね
だから、
何にでもなれる
って言葉が色んな意味で響いたかな?と。
夢、将来的な事、職業とかね...は勿論だけど、心だったり気持ちだったり内面的な事もね。それ言ったら「嘘」もそれに含まれるんだけども。
この世の中にはそれで救われる事も実際あるわけだしね。目が見えない人に伝えるのもそうだしね。
多分、自分も母に対してそれをしてきたけど、母を救ってたのか?自分を救ってたのか?は本当のとこはどうだったのか?なんてのは考えたかな。
今考えると、良い思い出になってるので良かったのかも?だけども。
「骨、噛み」のタイトル
これって何かな?って観ながらずーっと考えてて。ラストに分かるわけだけど。
愛情の深さの行為なのは勿論だけど、人によっては狂気的に感じる人だっているだろうし、それこそ、何にでもなれるってのも思うしね。
そして、どれだけ暗闇にいても誰と出会うかによって光が挿すのか挿さないかなんだろうなぁってのは改めて思ったかなと。
お寿司食べたい気持ちになったよね。
なんか、この後笑ってお寿司食べてる絵が想像できました。
皆んな幸せになって欲しいなぁ...って思うし、
自分も母に対しての気持ちが好きというか、なんか少し変化した感じはしました。
母は自分に対してどう思ってたのか?は聞いてはみたいけどね。←コミュニケーションとれないから難しいけども
嘘でもいいからね。。







































