何故、子供は天才と言われるのか?
どうして、大人になると一握りの方しか残らないのか、、、
そこを自分の見解で説明してみようと思います。
子供のうちは、早くに才能を見出してあげることが、キーポイントになると思われます。
何故なら、その才能が秀でたものであればある程、自分を信じ、それに大人をも説得出来るからです。
大人は、説得材料がなければ、自分の型にはめようとします。
それが、帝王学の底辺にあるものに近いと考えられます。
ですので、滅多にトンビが鷹を生む事は、まずあり得ません。
それは、分かりやすく言うと、子供自身が自分を信じる力が養われるかそうではないか、、、です。
実は、大人でも、充分に天才である方々が影におられます。
しかし、自分を信じることが出来ず、或いは、一般常識がなまじっかついてしまうために、ブレーキをかけてしまうのです。
当たり前の事を書きます。
人は、馬鹿にされると腹が立ちます。
貶されるとテンションが下がります。
これらの感情がもし、子供時代から、影響を受けずにいた時、人は、天才、つまり、一般常識から、考えられない存在になるのです。
皆さんも、実は天才なのだと思っています。
常識と言う型に囚われなければ、、、
余談ですが、ある本で解説を読んだ事があります。
因みにあのシャーロックホームズと犯人とどちらが頭が良いのか?
実は、少なくとも、シャーロックホームズより、犯人の方が頭が良いと思われます。
何故か?
それは、犯罪者がトリックを創造している所です。
つまり、シャーロックホームズは、犯人が敷いたレールを解いているだけなのです。
もっと頭の良いのはそれを書いた小説家です(笑)
ここで、一つ、自分は、犯罪が良いと言っているわけではありません。
中には、衝動的と言う、愚かな犯罪もありますから。
推理小説において言及したものです。
と、話は逸れましたが、
それらを構築するために、どうしても、生まれてからの3年間は、愛してあげること、愛し方を教えること。
人を信用出来ることを教えてあげられれば、人は天才への門のキーを手に入れられるのです。
どうか、自分を含めて、大人は、子供の可能性を潰す事だけはやめましょう。
馬鹿と天才は、紙一重です。
あのピカソでさえ、生きている間に売れた絵は、一枚しかありません。
常識と言うツールの恐ろしさ、お分かりですか?
時代が経てば、数億円を当時の人は、目を曇らせてしまった。
それが、大人、つまり、常識の怖さです。
もう一度言います。
馬鹿と天才は、紙一重。