『知は力なり』私が学んだことの備忘録 -38ページ目

『知は力なり』私が学んだことの備忘録

自分の独断と偏見でランダムに学んだことの気付きを書き残してまいります。

どーも、大谷です。

 

前回は

 

「先日発足した菅政権時代は中小企業に

とっては茨の時代である」

「この時代を生き残るためには自らで

自立する仕組みを作る必要がある」

 

という事をお伝えしました。

 

そこで今回は

 

自立していない事業の末路

 

について、私の父の事業の失敗談をもとに

お伝えいたします。

 

 

私の父は島根県出身の田舎者。

三瓶山という山のふもとで、あるのは山のみ。

 

村のメインストリートには郵便局と農協だけ

という見事なまでの過疎地でした。

 

高校で農業科を卒業し、3年間農業に

従事しましたが、山奥での農業に

見切りを付けた父は、

親類を頼って単身上京します。

 

 

当時上野のアメ横で叔父が喫茶店を

していました。

 

そこで働きながら横で飛ぶように売れる

貴金属に心を奪われます。

 

 

今はどうか知りませんが当時、上野御徒町

は貴金属のメッカでした。

 

そこで父は突如、貴金属の加工の職人に

なるべく、貴金属加工会社に修行のために

弟子入りします。

 

3年の後修行期間を終えた父はすぐ様

上野へ帰り、貴金属加工業の事業を

スタートさせました。

 

 

仕事のメインは「指輪のサイズ直し」。

 

飛ぶように売れる指輪のサイズを

お客様にフィットするようにサイズを

直してあげる仕事で、

当時一本500円でやっていたそうです。

 

長年アメ横で顔も売っていた事もあり

集客にはほとんど困りませんでした

 

その後母と結婚し、姉・私・弟が誕生し、

しばらくは平穏な日々が続きます。

 

 

しかし、90年代辺りから日本経済に

陰りが見え始めます。

 

ぜいたく品である貴金属はその影響を

もろにかぶる形となりました。

 

しかも子供たちには何かと費用がかさむ時期。

 

本当に苦しかったと思います。

 

 

そんな時、ある会社が父に仕事を

一括で任せたいと言ってきました。

 

この会社の案件を受ければ受注は

安定する。

 

しかし、一人でやっていたことから

それまでのアメ横の仕事はできなくなる。

 

悩んだものの、父はその大型案件

を受注することにしました。

 

 

最初の内は安定的に仕事をもらえて

いましたが、しばらくしてからだんだん

仕事の量が減ってきます。

 

どうやら最初の契約とは違い、

他の職人にも振り分けて発注していたようです。

 

そんな苦しい中、一時的に仕事が

復活します。

 

おそらく、競合の職人が潰れてしまったの

ではないかと想像しています。

 

 

しかし仕事量が少し増えたある日、

衝撃的な情報が飛び込んできます。

 

それは

 

取引先が倒産した

 

という一報。

 

 

もう目の前が真っ暗になりました

 

当時私は大学生。

 

大学の学費も自分で稼いで払っていたので

生活の激変はありませんでしたが、

それでも生活は厳しくなっていきました。

 

私が稼いだお金も当然ほとんど家に

入れる状態でしたから。

 

そうしてその後も父は自分なりに色々と

奮闘を重ねましたが健闘及ばず、

結局廃業に追い込まれてしまいました

 

 

 

以上が私の父の残念な事業の顛末です。

 

この内容を皆さんはどう思われたでしょうか。

 

「時代が悪かった」「運が悪かった」

といった同情の声もあるかと思います。

 

 

しかし、今改めて私が思う事、それは

 

『父の事業はおよそ事業と呼べるレベル

ではない下請けという名の実質労働者

であり、事業者としては失格であるという

冷徹な目を持たなくてはならない』

 

という事です。

 

 

当然ですが独立した以上、仕事を取ってきて

そして仕事をしない限り、一円ももらえません。


だから

 

仕事を継続的に取ってこれる仕組み

を作ること

 

は会社経営の必須条件のハズ。

 

しかしそこの仕組みづくりが

まったくできていなかった。

 

 

・高度成長期の貴金属バブルに乗っかった

・舞い込んだ大型案件に乗っかった

 

メインの集客は単なるラッキー

 

これでは苦しくなったら最後、

挽回することはできません。

 

 

さらに言えば、島根の農業時代も

メインは農協に農作物を持ち込むだけ

 

独立した農業経営は全くしてこなかった。

 

つまり、まったく企業経営を学ぶことも

実践することもなく、何十年も事業を

し続けたのが、私の父という事です。

 

 

まぁ、それでもなんとかなったいい時代

であったと言えばそれまでですが、

もうそんな時代が再来することはありません。

 

だから

 

継続して利益を上げ続ける仕組み

 

がない企業は一瞬でつぶれる。

 

 

さらに現在の菅政権は企業淘汰を加速させ

ようとしています。

 

 

ならば生き残る道は一つのみ。

 

そうです

 

継続して利益を上げ続ける仕組みを作る

 

のみなのです。

 

 

そして、私は

 

継続して利益を上げ続ける仕組みを

作る手助け

 

をしたいと思っているわけです。

 

もう父のような経験は誰にもしてしてほしくない

 

これが私の願いです。

 

 

このブログもそのための一助になれば

思い書いています。

 

その点もくみ取って頂けたらとても

ありがたいですね。

 

 

という事で、今回は父の失敗エピソードをもとに

 

自立していない会社の悲劇

 

についてお伝えしました。

 

 

次回はやっと本番、

 

継続して利益を上げ続ける仕組み

 

の具体的な内容に入ってまいります。

 

楽しみにしていてください(^^)

 

 

今回も最後までお読みいただき

本当にありがとうございました!!