本当は少しも感動は無いのですが、つづきとようやく最終回です。

 

検査と一応の確定診断を終えた私は肝胆膵内科の先生の午前診療を待つべく、再び仰臥で特にすることなくぼんやりと外を眺めて過ごしていました。私はだんだん時間の概念が無くなっていったのですが、後日作成してもらった生命保険請求の診断書によるとこの時大体午前4時頃だったようです。少しずつ地平に近い空が明らんできて、そろそろ朝だなぁと感じたのを覚えています。

痛みで眠れないままに早く治療をしてもらいたいと待ち続けていたところ、午前8時に唐突に病院内にチャイムが鳴り渡り「さぁ、〇〇さん!午前診が始まりますから場所を移動しましょうね」と受付の事務職員さんに促されて、夜間診療室から通常の診察待合室へ他の夜間診療で午前診を待っていた人たちとぞろぞろと廊下を歩き始めました。

 こちらの病院は相当朝が早いようで既に広々とした待合にはぎっしりと外来の患者さんが待ってしました。私は診察の優先度が高い患者だったようで、受付で診察券を渡すとすぐに診察室前に行くように指示を受けました。5分ほど待つとすぐに名前を呼ばれて、その後私の主治医となる肝胆膵内科専門のA先生の診察を受けました。傍らにはB先生も立っています。

 A先生のお見立てもB先生と全く同じで診断名はやはり急性膵炎。

「入院が必要で痛みも強いでしょうからベッド調整(満床の病床に空きを作る)をしますね。」と話してくださり一安心。ただ、

「しばらく絶食絶飲が続きます。勿論断酒していただきますが、そのことで暴れたりしませんね?暴れたら精神科に転院してもらいますからね。」

と念押しされたのが物凄いショックで。そんなに粗暴に見えるのかな(涙)?私は力なく「はい」と答え、当時コロナ第7波真っ只中だったためにPCR検査が必要で、これも陰性が分かったので今度は入院待合室へ移動。ベッド調整に思ったよりも時間がかかったようで、そこからは1時間近く待たされました。

 

「〇〇さん、ベッドが空きましたが生憎個室しか空いてないんですが構いませんか?」と夜間とは別の昼間の担当職員さんから声を掛けられて(あちゃー個室か、費用がかさむ)と思いつつもそこしか選択肢が無いのでやむなく了承しました。そしてここから私は車いすでの移動となります。というのが腹痛と腹水のせいか段々腹筋が効かなくなってきていて、一人でも歩るのですが前のめりになって転倒の恐れがあるからでした。病室に向かう途中にエコー検査を受けた後個室へ車いすを押してもらっていざ病室へ。

ユニットのシャワーとウォシュレットの付き洋式トイレの専用浴室付き、洗面所と冷蔵庫、テレビも付いててとっても綺麗なビジネスホテルみたいな病室。(1日あたりめっちゃお金かかるんちゃうん?)と青~くなっていると、ここからは事務職員さんから病棟の看護師さんにバトンタッチ。「1日7,500円ですよ。」と答えてくださる。以前母が入院した古い病院の個室は洗面台と冷蔵庫があってプライバシーが守られるというだけの質素な造りで1日10,000円だったので思わず「安!」と声を上げてしまいました。どうせ生命保険に加入してて後から1日2,000円下りてくるし、案外個室だったのはラッキーなのかも、この綺麗な個室でゆっくり療養しようと思ったのでした。

 そしてベッド!洗濯された真っ白なシーツが布団を包んでいてまるで輝くよう✨。あぁようやくちゃんとしたところで寝れるよ~と安心したのも束の間、看護師さんから

 「〇〇さん、もうちょっと頑張りましょうね」

と、お約束の重要事項説明書やら各種免責同意書4枚くらいを差し出されてサイドテーブルにしがみつくように署名をしました。

 その後は入院患者判別用のバーコード付きタグを手首に付けられ、利き手と反対の左手に痛み止めと消炎剤の点滴治療が始まったのでした・・・

 一息ついた頃、恐る恐る入院の連絡を。

 職場の上司からは「ああ、そうですか」と冷淡な返事が。「お大事に」の言葉も無かったかも。職場との関係性の悪さについてはまた別の記事にしようかな。長くなっちゃうので。

 母へ連絡したところ「それ見たことか!」と自堕落な生活をしていた自分に⚡が。これは仕方が無い。「まぁ折角の長期休み、ゆっくりしなさい」と言われて「ごめんなさい、ゆっくりします。」と謝りました。

 

 かくして入院生活が始まり、私の場合発熱が続いたこともあって少し長引きましたが、絶飲絶食は入院後6日目に解かれて、血液の数値も日に日に改善していき、12日目に無事退院を迎えることになりました。

 

 入院前と入院後の生活の違いは、断酒の継続(もうあんなに大変な思いをするのは御免)、過度に脂っこいものは食べない等、できるだけ内臓に負担の少ない食事をすること位で、有難いことにあとは普段通りに生活ができています。

 

 今までの生活を反省しつつ、あのときの初動が良かったから今があるなぁと思います。

 私は滅多に身体は壊さない方なのですけど、自分自身の何かおかしい、いつもとは違う、というのは耳を凝らすとピピピーっとセンサーみたいに働いているものなんじゃないかと思います。あのときそれに気付けて本当に良かったです。

 

 どうぞみなさまも、このピピピーに気を付けながら、検診受けつつ楽しい日常生活をお送りください。

 

 入院中の出来事、今回書けずにいたものはまた追加で記事にするかもしれません。

 これからもよろしくどーぞー。

 

 

この件は一旦おしまい。