
●徐裕行の取り調べ
逮捕から一夜明けた24日、徐裕行は神田署へ連行された。
名前を聞かれると、徐は”タナカ”ではなく、本名で”徐裕行”と名乗った。
徐は免許証を所持していた。住所は茨城県つくば市と記載されていた。
犯行動機を問われると、徐は胸をはり、「1人でやった。幹部なら誰でもよかった」と少しも悪びれる様子はなかった。調べが終わると、いびきをかいて居眠りするありさまだったという。(デイリースポーツ5月12日号)
同日午前、伊勢新聞社にオウム真理教東京総本部の「法務省」メンバーで「こうやま」と名乗る男性が問い合わせの電話をしてきた。
問い合わせの電話によると、「こうやま」は伊勢市船江町1丁目にある「神州士衛館」の実態、構成員らの内容を詳しく教えてほしい、と要請してきた。
本社の担当者が不在だったこともあり、「答えることができない」と返答すると「こうやま」は「また後で再度、電話をかける」と答えて電話を切ったという。

25日午前7時50分
、徐は赤坂署に移送。取り調べには赤坂署の他に、オウム真理教捜査の中心の捜査一課、右翼を担当する公安部も参加。
取り調べがはじまると、徐は興奮した様子もなく冷静に、犯行の動機を語った。
徐「テレビを見てしゃくに障った。悪いやつらだ。何とかしなくちゃいかん。幹部だったら誰でもいいから、刺すつもりで歩いて来た。痛い思いをさせるつもりだった」
「オウム真理教の幹部をだれか刺すつもりで午後1時ごろに来た」
現場にいた報道陣のカメラを調べた所、午前11時過ぎからその姿が映し出されていたため、捜査側は徐が嘘の証言をしていると判断。
同日、警視庁公安部と赤坂署は殺人と銃刀法違反容疑で徐裕行を送検した。
捜査一課は、「刺殺事件をだれが、どうして起こしたのかを解明する必要がある」として取り調べに参加していた。彼らは徐の所属団体について聞き出した。
徐裕行「ひと月に一度くらいは伊勢市の団体に通っていた」
警察「伊勢市はどこにある、どうやって行くんだ」
徐裕行「よくわからない」
この時徐はニタリとした表情で、「1人でやったんだからそんなことどうでもいいじゃないですか」と言い返してきた。(デイリースポーツ5月12日号)
公安部等は徐の供述に曖昧な点が多いことから、取り調べを一段と厳しくした。

捜査が厳しくなると、徐は自分が右翼であると答え、「三重県の右翼団体神州士衛館に所属している」と自供。メンバーの名前をすらすらと自供しはじめた。
徐裕行「藤田、村田、米倉…」
警視庁は神州士衛館の存在を把握していなかった。公安部が調べたところ、活動した形跡のない似非右翼団体だった。事務所の所在地を捜索したところ、山口組系暴力団・羽根組の施設だったことが判明し、徐の証言が嘘だらけだったことがわかった。
徐は牢獄に収容されてからも、睡眠も食事の際も平然としていた。(週刊朝日5月19日号)

●徐の両親の反応

(95年当時、徐裕行の実家)
24日午前、毎日新聞社が徐の実家を取材。
徐の母親は「息子はばかがつくほどいい子だった。なぜ、こんなことをしたのか。だれかにだまされたのかもしれない」と語った。
5、6年前に家を出てからは、時折遊びに来る程度で、母親は勤め先も知らなかったといい「まさか右翼団体に入っているとは思わなかった」と話した。
「オウム真理教を処罰するのは、法律がやってくれることなのに……。なぜ息子がそんなことをしなければならないのか、全く気持ちがわからない」と、徐の母親は困惑した表情を見せていた。

(実家の玄関)

(徐の実家の自家用車)
●徐裕行の貸家
24日朝、徐裕行が村井を刺殺するまで寝泊まりしていた一戸建ての貸家に家宅捜索が入った。
部屋は住民の姿はなく、布団は敷きっぱなしで、テレビ、ワープロ、ゴルフセット、靴などが雑然と置かれていたという。約2時間の捜索で押収物はごくわずかだった。

(徐が居候していた、上祖師谷3丁目の貸家を捜索する警官。)
●上峯憲司の工作
徐裕行が逮捕された直後、羽根組若頭・上峯のもとに知人から電話がかかってきた。
知人は村井刺殺事件の犯人に見覚えがあったので、上峯に確認しようとしていた。
知人「タナカじゃないの?」
上峯「人違いなんかじゃないの」
上峯はしらを切った。
ところが直後に上峯は不可解な行動に出る。
上峯は、東京都内の羽根組関係会社から組事務所に電話を入れた。
上峯「徐が捕まった。本人は右翼団体を名乗るはずだから、警察からの問い合わせには(羽根組ではなく)右翼団体を名乗って裏口を合わすように」
そして事件翌日の24日午前、上峯は裁判に備えるため、徐の担当の弁護士を探しはじめた。
上峯は高英雄を通じ、東京の右翼関係事件の経験のある弁護士に依頼。
上峯は九州雷鳴社の幹部だったころ、構成員が起こした事件の関係で、知人を介してこの弁護士を知っていた。この際、九州雷鳴社の知人にも10数年ぶりに電話をかけ、弁護依頼の仲介を頼んできた。
しかし、「義理絡みだ。理由は聞かないでくれ」と詳しい説明を拒み、落ち着かない様子だったという。結局、最初の弁護士から依頼を断られた。

24日朝、三重県警が神州士衛館に立ち入り、代表の藤田善勝や会計責任者から事情聴取を行った。


他の幹部は「まったく見覚えがない」「徐容疑者のことは知らない」と答えた。
藤田だけは「面識はある」と答え、「昨年末に一ヵ月程泊めたが、その後の接触はない」と供述。泊めた理由については「(本人に)頼まれた」「1ヵ月ごど出入りしていたが、そのうちにいなくなった」と話した。ところが、徐は「月に一度ほど三重に来ていた」と述べ、証言に食い違いが出た。


午後昼頃。
羽根組構成員が神州士衛館内部を片付けはじめた。
現場は報道陣が集まり、騒々しい雰囲気に包まれた。
建物内の犬小屋に組員が入り、犬を乱暴に引きずりながら車内へ押し込む様子が撮影された。



午後7時25分、警視庁の捜査員が神州士衛館関係者を連れて事務所へ到着。三重県捜査員とともに室内に入った。捜索は午後9時過ぎまで行われたが、押収品を入れた段ボールは一箱だけだった。





(捜査員に連行される羽根組構成員)
羽根恒夫からも聴取を行っているが羽根は「政治団体と組は無関係。場所を貸してただけ」と関連を否定した。
同日、朝日新聞社が羽根恒夫の自宅へ取材。戸が固く閉められたままで組員らしき男から「組長はいません。帰ってください」と言われる。
4月27日朝、警視庁と三重県警は再び神州士衛館の建物内と羽根組事務所の二カ所を家宅捜索、神州士衛館の規約の下書きと見られるメモなど数点を押収した。捜索は9時過ぎまでに終わった。
4月28日、神洲士衛館構成員・米倉雅典が逮捕された。
調べでは、同市の女性会社員(20)から鳥羽市内に住む土木作業員の男性(29)に以前貸した金を返してもらうよう依頼され、平成6年12月末に41万円を取り立てたが、そのまま着服した疑い。
同日、神州士衛館が解散。組織がダミー団体である疑惑が強まる。

5月初旬、上峯は知人に再び電話をかけ、「弁護士は友人関係で付けた。迷惑をかけました」と謝罪した。ところが、この時は「徐とおれは関係がない。徐のことは本当に知らん」と強く関係を否定していたという。
上峯「上(山口組本部)からきつくオウム真理教とかかわりを持たないように、と言われているので関係しない。弁護士依頼のことも一切忘れてくれ」
上峯は、自分が逮捕された場合の弁護士の手配を他の組員に依頼した。
捜査当局は山口組本部のかんこう令と村井刺殺の関係性に注目し「かん口令は逆に教団と組関係者の接点が現れるのを恐れたための措置」と推測。
5月初旬、徐が「自分は右翼団体の一員。地下鉄サリン事件で多くの人が死んだり負傷したので、痛めつけてやろうと思った」と主張。当日、徐の自宅の家宅捜索を行ったが、右翼関係の書物が見つからなかったことから思想的な事件ではないことが判明した。
●上峯憲司・高英雄、逮捕される

(連行される上峯憲司)
5月11日午後7時40分頃、警視庁赤坂署の捜査員4人と伊勢署約10人が、伊勢市曽弥二の羽根組で上峯憲司の任意同行を求める。午後8時、伊勢署内で逮捕した。
同日夜、読売新聞社が羽根組事務所に電話したところ、組員から「私の方も困っている。お話しすることはできません」と言って電話を切られた。

5月12日、赤坂署の捜査本部は羽根組事務所など5カ所を家宅捜索した。捜索を受けたのは神州士衛館のメンバー3人の自宅と神州士衛館内の宿泊所。
伊勢市の繁華街の羽根組事務所では午後0時50分ごろから、警視庁と応援の同県警捜査11人が、約1時間半にわたって捜索。宿泊所では捜査員9人が午後2時40分過ぎから1時間半、上峯が使っていた部屋を中心に捜索を進め、関係書類数点を押収した。

更に上峯の関係先を調べるため、警視庁が都内の立ち回り先など関係先約10カ所を殺人容疑で家宅捜索。
同日、徐裕行と同居していた高英雄を暴力行為(脅迫容疑)で逮捕した。高英雄は三重県伊勢市の羽根組事務所にいるところを、逮捕状を取って行方を探していた捜査第四課員に発見された。

●上峯の取り調べ
取り調べに対し、上峯憲司は事件前日の行動について、「組員の葬儀に出席していたために主犯の徐容疑者と会ったこともないし,打ち合わせをしたこともない」と一貫して容疑を否認した。
しかし捜査当局で裏付け捜査を進めたところ,組員の葬儀の参列者名簿に上峯容疑者の名前が記載されていなかったことや、参列者名簿を焼却したという仲間の組員の証言が虚偽であることが裏付けられたことなどから、上峯容疑者のアリバイは無かったものと断定した。
●留置場に届いた手紙
留置場の中で、二通の手紙が徐裕行宛に届いた。一通は不当逮捕を訴え、寄付を依頼してくる者の手紙、もう一通は電波系の者からだったという。

(移送される徐裕行。珍しい白の上着姿。)