(米軍属による交通事故死の判決)

2010年9月に岩国市で、米軍岩国基地に勤務する米国人女性の米軍属(米軍に雇われた米国籍の民間人)のWが運転する車(マイカー)にはねられ死亡した男性Oの遺族が米軍属と国に損害賠償を求めた訴訟で、昨日(12日)、国に対し慰謝料など約3400万円の支払いを命じる判決が出ました。但し、判決では、Wへの請求は棄却しています。

 この判決では、Wの過失は認められましたが、通勤途中で「公務」にあたると認定し、日米地位協定に基づく民事特別法の「米兵らが職務中に違法に損害を加えた場合、国が賠償責任を負う」との規定に基づく命令が出されました。なお、この事件では、Wは現行犯逮捕されましたが、検察庁は、「公務中」として地位協定に基づき不起訴処分としています。

(問題意識)

 今回の事件を、仮に、国内の問題に置き換えて見ましょう。「公務員Aが、マイカーを運転して通勤しているときに、自己の過失によって交通事故を起こして歩行者Bを死亡させた」とする内容の事件と仮定します。Aは、日本国内では民事上及び刑事上どんな処遇を受けるのでしょうか。

1、今回判決(民事事件)から見た「治外法権」

(国家公務員に対する処遇)

 Aの行為(通勤時の運転)が「公務」であれば、国家賠償法(第1条)によって、国や公共団体が賠償責任を有することになります。しかし、通勤途上にマイカーで起こした交通事故に関しては、基本的には「公務」扱いにはならずに、その交通事故による損害は、自己が負担する(ただし、自賠責保険等の適用あり。)ことになります。

Wに対する処遇の問題点)

 今回の判決では、Wの損害賠償責任を認めず、国(日本国)に対して賠償責任を認めています。これは、被害者を保護する立場から言えば、損害賠償の履行を確保するために現実的な判断だと思います。しかし、Wについて何らの責任を認めず、国(ひいては日本国民)がその損害を負担するというのは、国民感情からして許し難いことです。

2、刑事事件としての「治外法権」

(沖縄のラムジー事件)

岩国で本件事件が起きた約4か月後に、沖縄県でも、米軍属のラムジーが起こした交通事故によって日本人が死亡しました。当初は、検察庁でも日米地位協定によって不起訴となりましたが、その後、那覇検察審査会の審査で「起訴相当」が2回出され、結局は起訴されました。

ラムジー事件の起訴に当たっては、「日本における米軍属の公務中の事件や事故の第1次裁判権は米国側にある」としている「日米地位協定」が問題となりました。この点に関しては、201111月に行われた日米合同委員会において、「米国が刑事訴追しない場合は日本側で裁判できる」との地位協定の運用の見直しが行われることで決着しました。私の法務大臣時代のことです。

Wに対する刑事処分)

 本件事件では、Wは、検察庁で「不起訴」処分を受けるとともに、山口検察審査会でも、日米地位協定の存在を理由に「不起訴相当」となっています。そして、Wは、岩国基地内で行われた交通裁判において、「4か月間の自動車運転の制限(ただし、通勤時は運転制限を除外)」との処分を受けているのみです。

 本判決の中では、「Wは、運転中に道路横断中のOの存在を認め警音器を鳴らしたが、制動措置(ブレーキ)を講じることなく漫然と進行を続けて、Oに車を衝突させた。」と認定されています。WがもしAであったら、明らかに「業務上過失致死罪」に問われるケースですが、米軍からは「4か月の免停(通勤時の運転は可)」の処分しか受けていないのです。

3、「治外法権」を見直そう

WAの比較)

 以上見たように、本件事故の発生に伴うWAに対する取扱いは、大違いです。Aは、民事上は、交通事故の損害賠償は自分の責任として支払い(ただし、損害保険でカバーされます)、刑事上は、業務上過失致死罪で訴追されるであろうのに対して、Wは、日本国が損害賠償責任を負うのみで自らは負わないし、刑事上の責任は何も問われていません。

 こんな不公平があって良いものでしょか。これでは、在日米軍の軍人・軍属が、日本人を人とも思わないで「やりたい放題」の気持ちを持つことになっても不思議はない、と思います。

(先ずは、刑事上の責任追及を)

 Wに対しては、現在でもできることとして、もう一度、被害者側は告訴をしてみてはどうでしょうか。かつて山口検察審査会が本件に関する検察庁の措置(不起訴)を審査した時は、地位協定を理由に「不起訴相当」の結論を出しましたが、ラムジー事件をきっかけに事情は異なっています。時効完成は事故発生後10年ですので、まだ間に合います。

(地位協定の見直しを)

 そのことに加えて、そもそも、日米地位協定を見直す必要があります。少なくとも、在日米軍の軍人・軍属は、自らが米軍基地外で起こした事件や事故について、日本の公務員(自衛隊員を含みます。)が負うべき責任と同等の責任を負うべきです。そうでない限り、「治外法権」です。主権国家日本として、在日米軍の「治外法権」を見直すべきです。

(了)