本日の昼、地元の柳井市内で、柳井地域(柳井市、田布施町、平生町、上関町)の支援者の方々を対象とした私の「新春の集い」を開催しました。今回は、いつもの年と違って「来賓」を招かず、柳井地域の支援者を中心に100人近くの方々と率直な懇談を行う形式としました。参加していただいた方々に感謝します。

この柳井地域は戦後二人の自民党の総理大臣を輩出し、昨年末の衆院選挙で私が敗れた自民党候補者も、その中の一人(岸信介氏)の孫で、住所地を田布施町としています。

また、地方政界でも、現在の県知事(自・公推薦であり、私と衆院選挙を2回戦っています。)も柳井市出身、柳井地域を選挙区とする県議二人とも全員自民党公認です。

そんな状況にも拘らず応援してくれている方々に感謝します。


以下に、本日の「新春の集い」用に作成した「平岡秀夫通信」の挨拶部分をご紹介します。


明けましておめでとうございます。

また、本日は、「柳井新春の集い」に御参加戴きましてありがとうございます。

旧年中は、皆様には公私にわたり大変お世話になりました。特に、私にとって大変辛い結果となった師走の総選挙では、厳しい環境の中にも関わりませずご支援戴きましたことに改めて感謝申し上げます。

13年前の1月に衆院選初出馬を表明した時、この地域は、「自民党王国」と言われる山口県の中でも戦後二人の自民党の総理大臣を輩出した地域として、非自民の立場で選挙戦を戦うことは非常に困難な地域でした。

そのような状況の中で、ある時は励まし、ある時は叱って私を鼓舞してくれたのが柳井地域の方々でした。その後も、柳井地域では県、市・町レベルの選挙戦でも挑戦を続け、その過程の中では、柳井市内で初めての女性の民主党県議を誕生させて戴いたり、私の秘書経験者を市長に押し上げて戴いたりと、皆さんの力とともに時代の変革をリードしたこともありました。

残念ながら、現時点は、これまでの政治の流れの揺り戻しが起こっている状況ですが、皆さんや私が共に行動したこの13年間の経験は、これから先、将来に必ず活かされてくると思います。

「捲土重来」の気持ちを強く持って、今後とも、初心を忘れることなく全力で頑張って参る所存ですので、引き続きご指導ご鞭撻のほどお願いいたします。

皆様のご健勝とご多幸を祈念いたします。』