本日、駐日EU(欧州代表部)が主催する死刑問題に関するシンポジウムが、都内港区にあるヨーロッパ・ハウスで開催されました。私も、そのシンポジウムへの参加を依頼され、シンポジウムの冒頭に「今こそ、死刑制度について国民的議論が必要なとき」と題する基調報告を致しました。


 このシンポジウムには、我が国からは、元法務大臣・元自民党衆議院議員の杉浦正健氏、日本弁護士会連合会事務総長の海渡雄一氏などが参加されたほか、外国からも、今年1月に死刑廃止条約を承認したモンゴルの大統領アドバイザーのチュルンバートル氏、英国ミドルセックス大学のシャアバス教授、現在死刑執行停止中の韓国の青洲大学校のチョ教授、米国ハワイ大学のジョンソン教授などが参加されました。


 私の基調報告は、私が法務大臣在職時代に経験したことや考えたことも含んだものとなっていますが、皆さんにも是非読んでいただきたいと思いますので、以下に、その基調報告の内容をご紹介いたします。

『      今こそ、死刑制度について国民的議論が必要なとき

1、 最近の死刑執行と「勉強会」の議論
 先月29日、小川敏夫法務大臣が3人の死刑囚について死刑を執行し、2010年7月以来1年8か月ぶりの死刑執行となりました。その際、小川法務大臣は、「世論調査や、国民の声を反映するということで導入された裁判員裁判でも、死刑が支持されており、法務大臣としての職責を果たすべきと考えて死刑を執行した」と説明しています。
この説明に対して、一部の方々からは、「責任を国民に押し付けるものだ。」との批判が出ていますが、私は、小川法務大臣も自ら熟考したうえで決断を下したと思います。


 ただ私が残念に思うのは、死刑執行に先立つ先月9日、小川法務大臣が「死刑存廃についての主な主張は概ね明らかにされた」として法務省内に設置されていた「死刑の在り方に関する勉強会」(以下、「勉強会」と言います。)での死刑制度の存廃に関する議論の打ち切りを決定したことです。「勉強会」の報告書では、死刑制度の存廃について両論を併記したのみで、何らの判断も示しませんでした。と言うより、その20日後にこれまで通りに死刑を執行したということは、死刑制度を存置することを結論付けたと言えるのかもしれません。


2、 「勉強会」の設置目的は達成されたのか
 そもそも、この「勉強会」は、何をするために設置されたのでしょうか。

 前回の死刑執行後の2010年8月にこの「勉強会」の設置を決めた千葉景子法務大臣(当時)は、第1回会合のあいさつの中で、この「勉強会」を、「死刑制度の存廃」や「死刑執行に関わる問題」などの死刑の在り方についてより広く国民的な議論が行われる契機にしたい、とする意図を述べています。
しかし、残念ながら、死刑の在り方については、現時点において広く国民的な議論が行われているとは言い難い状況にあります。つまり、「勉強会」の目的が達成される見通しの立たないまま「勉強会」での議論が打ち切られたことになります。それに加えて、「勉強会」で「死刑執行に関わる問題」について何らの検討もされることもなく、死刑がこれまで通りに執行されてしまいました。
このように、死刑問題が、「勉強会」が設置される前の状況に戻ってしまったことを、私は大変残念に思っています。


3、 なぜ、国民的議論が必要なのか
 ここで、我が国において死刑問題について国民的な議論がなぜ必要なのか、を考えてみましょう。
 それは、一方で、世界(特に、先進諸国)の趨勢は、死刑廃止の方向に進んでいるにもかかわらず、他方で、先進国を自認する我が国では死刑制度に対する支持が高まってきているという、我が国の孤立化が進んできていることです。

 具体的には、アムネスティ・インターナショナルの調査によれば、2010年末現在で、死刑廃止国は139ヶ国(うち、「事実上の死刑廃止国」は34ヶ国)で、死刑存置国は58ヶ国です。このうち、OECD先進34か国を見ますと、死刑存置国は、米国と日本の2ヶ国、「事実上の死刑廃止国」が韓国の1国です。なお、米国においても、34州と連邦が死刑を存置していますが、16州は死刑を廃止しています(4月5日、コネチカット州では、上院が死刑廃止法案を可決し、近く成立の見通しです。)。
 他方、我が国では、1998年以降、殺人事件認知件数及び一般刑法犯で死亡した人の数 が減少傾向にあるにもかかわらず、日本の世論は、2009年の調査では8割以上の大多数が死刑制度の存続を支持し、その支持の割合は、調査を開始した1975年以降、厳罰化を求める社会的傾向の進展とともに増加しています。
 また、厳罰化を求める社会的傾向(特に、凶悪犯と評される者に死刑を求める傾向)や善悪二元論(「自分たちは正義で、相手は悪の権化」との立論)の広がりが、我が国において社会の寛容さや人権尊重の意識を失わせつつある、との指摘もあります。
 このような状況下にある日本に対しては、皆さんご存知の通り、国際社会(特に、EU諸国や国連人権委員会)から、死刑廃止又は死刑執行停止についての多くの勧告、見解等が寄せられています。


(参考)日本に対する勧告等
① 1989年国連総会:死刑の完全廃止を求める自由権規約第2選択議定書を採択(日本は反対)
② 2008年5月、国連人権理事会の対日本普遍的定期検査:国連総会の決議に従い、死刑廃止を目的とした死刑執行停止を導入することを勧告(欧州中心の12か国)
③ 2008年10月、国連・規約人権委員会:第5回対日審査・最終見解で「政府は、国民に死刑廃止が望ましいことを知らせるべき。世論調査に関係なく、死刑制度の廃止を検討すべき」
④ 2010年12月国連総会:死刑執行停止決議につき、賛成109か国(08年106か国、07年104か国)、反対41か国(08年46か国、07年54か国)、棄権35か国(08年35か国、07年29か国)


 ところで、このような国際社会からの勧告、見解等に対しての日本政府の対応は、どのようになっているでしょうか。アメリカと日本の死刑制度を比較する著書「ゆれる死刑―アメリカと日本」を書いた小倉孝保氏(毎日新聞外信部副部長)は、死刑執行のモラトリアムを求める国連決議を採択した国連総会(2007年12月)を傍聴して、「世界に向けて発言しない日本代表団の姿からは、とにかく死刑を維持するため、国際社会からの逆風に対しては、ただ頭を低く目立たないようにして、嵐の過ぎるのを待つといった姿勢しか伝わってこなかった。」と批判しています。


 以上のような状況を踏まえれば、我が国社会の在るべき姿を探求するためにも、「国際社会において名誉ある地位を占めたい」とする日本国憲法の理想を実現するためにも、正に今こそ、我が国の死刑制度の在り方について、国際的動向を踏まえた議論をすべきである、と考えます。

 実は、この点については、既に2009年の民主党政策インデックスでも次のように述べています。「死刑存廃の国民的議論を行うと共に、終身刑を検討、仮釈放制度の客観化・透明化を図ります。…国際的な動向にも注視しながら、死刑の存廃問題だけでなく当面の執行停止や死刑の告知、執行方法などをも含めて国会内外で幅広く議論を継続していきます。」


4、 私の法務大臣としての取り組み
 私は、昨年9月から今年1月までの4か月余り法務大臣を務めました。就任当初から、国会の委員会では野党(自民党)議員から「法務大臣の職責として、法律に従って死刑執行を行うべきだ。」との追及を受けたり、マスコミから「死刑執行をする意思はあるのか」との質問を受けたりしました。
 これに対し、私は、「世界的な情勢の中で日本の死刑制度の在り方を検討するのも、法務大臣の職責の一つであると考える。」、また、「現在、法務省内に設置した『勉強会』で死刑制度について勉強中でありそれを引き継いでいきたい。ただ、『勉強会』が何らかの結論を出すという性格のものではないことから、個々の死刑執行については個別に慎重に考えて参りたい。」と答えてきました。


 そして、私が「勉強会」に法務大臣として初めて出席した第8回会合(2011年10月17日)で、私は、概要次のように冒頭挨拶(関連部分のみ)を行いました。


 『私としては、是非とも、国民の皆さんが、死刑制度に関する国際的動向や先進諸国の中での我が国の独自性について十分な情報を持った上で、日本の考え方が先進国の一員として国際的にも理解、納得してもらえるような議論を国民の皆さんに展開して欲しいと願っています。
 世界各国では死刑廃止が広がっている状況の中で、我が国の独自性あるいは特別の立場をあくまでも主張し続けていくのか、或いは、どのようにすれば先進諸国に理解、納得してもらえるのかについて、真剣に議論しなければなりません。正に「国民的な議論」を必要とする話だと思います。
 真に「国民的な議論」が行われるためには、本勉強会の今後の進め方や本勉強会以外の機会の持ち方についても、シッカリ検討をしていく必要があると考えていますので、皆様方のご理解とご協力を宜しくお願いします。』

 そして、昨年12月19日、「勉強会」の第10回会合を、マスコミ公開で大学教授2名を招いて「イギリスとフランスにおける死刑廃止の経緯等について」とのテーマで開催しましたが、マスコミで全く取り上げられることもなく、ましてや国民的な議論を喚起する萌しも見えませんでした。
 そのような状況を踏まえ、私としては、次のように考えました。即ち、①死刑制度の存廃の問題については、外部の著名な有識者で構成する「有識者会合」を開催することで国民的な議論を起こす契機としていこう、また、②当時の省内「勉強会」は、当面、死刑執行に関する問題や確定死刑囚の処遇問題を議論していこう、ということです。しかし、残念ながら、「有識者会合」開催の検討を政府部内で進めている段階で、私は法務大臣を退任することとなってしまいました。


5、 今後期待すること
 報告の最後に、私が今後期待したいことを申し上げたいと思います。


 先ず、死刑執行等に関してです。死刑執行の在り方や確定死刑囚の処遇について、国際機関や日本弁護士会連合会などから問題点の指摘があるにもかかわらず、「勉強会」で何の検討・議論もされないままに先日死刑執行が行われたことは残念です。小川法務大臣は、先月9日の「勉強会」報告書の発表に当たって、「死刑制度の存廃ではなくて、死刑の執行に関わる具体的な点については、これから議論したい。」と述べていましたが、この議論は、非公開の法務省政務三役会議で行われるようです。より開かれた場で至急に議論が進められることを期待します。


 次に、死刑制度の存廃に関してです。死刑制度の存廃については、国会や政府が、国民的議論が行われる枠組み作りに取りかかることを期待します。国会では、「死刑問題調査会」(仮称)や衆・参法務委員会内での「死刑問題に関する小委員会」(仮称)などが考えられますし、政府内では、法務大臣の私的諮問機関的なものとして、外部の著名な有識者で構成する「死刑問題有識者会合」などが考えられると思います。

本日のシンポジウムが、このような私の期待を実現するための一歩となることを期待して、私の基調報告と致します。』