狙われる電波財源


 現在、東日本大震災の復興ための財源探しが行われています。復興基本方針(28日時点)は、10年間の復旧・復興期間のうち前半の5年間を「集中復興期間」として、19兆円程度の事業規模を予定し、その財源としては、既に手当されたものを除き、10兆円程度を当面は復興債で賄おうとしています。そして、復興債の償還財源は、所得税、法人税の基幹税の増税に求めることとしているわけですが、その増税規模をできる限り抑えようとして、色々なところで財源探しが行われているのです。


 そのような中で、報道で伝えられる「財源候補」の中には、「電波に関する財源」が幾つか挙げられています。電波を使用する情報通信産業が近年非常に良い収益を上げているから狙われているのかもしれませんが、その提案がちょっと安易な気がしますので、もう少し突っ込んで考えてみたいと思います。なお、以下の考察は、あくまでも個人的なものであることを念のため申し添えます。


(電波利用料の引上げ等)


 第1は、携帯電話の電波利用料を引き上げるか、電波利用料を対象に臨時増税を行おうという提案です。例えば、「携帯電話一台につき、一日10円、年間3,650円の利用料を追加して徴収してはどうか」という提案があり、その場合は、携帯電話が1億数千万台あるとすると、4千億円から5千億円程度の収入となります。ちなみに、現在の携帯電話の電波利用料は、年間1台200円となっています。


 しかし、現在の電波利用料は、あくまでも、「電波監視等の無線局全体の受益を直接の目的として行う行政事務(電波利用共益事務)を処理する費用を、その事務の受益者である免許人全体で負担するもの」として位置づけられ、その使途については、電波法において限定列挙されています。従って、もし、引き上げた電波利用料による収入を上述の原則を離れて他の用途に使用することになれば、電波利用料制度そのものの根幹が問われることになります。


 電波利用料に臨時課税することにも問題があります。そもそも、「電波利用料に課税する」ということは、個別消費税を新たに導入するということであり、携帯電話が現代では生活必需品となっていることを考えれば、大衆課税の消費税ということになります。もし、これが許されるのであれば、(一般)消費税率の引上げによる財源調達を許すことと基本的に同じです。いずれにしても、電波利用料引上げでも、臨時課税でも、大震災の被災者にも負担がかかることを忘れてはなりません。


(電波の周波数オークション)


 第2は、電波の周波数オークションを実施して、その収入を復興財源にしようとする提案です。先進諸国で多くの国が電波オークションを実施しており、その収入額も多額のものが見込まれると考えられていることからの提案です。現在、周波数の再編が進められている周波数(携帯電話用)は、700MHz(メガヘルツ)帯から900MHz帯の帯域100MHz程度ですが、ある有識者の説によると「60MHz当りの評価額は1兆円程度」だそうですから、収入としては1兆円から2兆円程度が見込まれることになりそうです。


 しかしながら、現在周波数の再編が進められている携帯電話用の周波数は、スマートフォンの普及等により通信量が大幅に増加して周波数の逼迫が深刻化しているために、早期に確保することが国民的に求められているため、オークションで割当てることは時間的に難しいのです。つまり、携帯電話用に予定されている700、900MHz帯には、現在それを利用している免許人(甲)がいるか、地デジ化で空いたアナログ放送用電波を受信するアンテナがあってそれを除去する作業が必要となっている免許人(乙)がいるのです。


 新しく携帯電話用の周波数を取得する人(A)によって、これらの人と民ー民ベースで「立ち退き交渉」をしてもらわなければなりません。Aは、千人から1万数千人いる甲、乙と交渉をしてできる限り早く甲と乙に「立ち退いて」もらって、早く携帯電話の利用ができるようにしていくことが求められます。このことができるようにしたのが、今年6月の電波法改正による新たな制度なのです。一般のオークション制度は、現在その導入が鋭意検討されていますが、あくまでも、「空き地」周波数の割当をする場合に適した制度なのです。


(政府保有のNTT株式の売却)


 第3は、NTT株式を売却しようという提案です。この提案は、必ずしも「電波に関する財源」とは言えませんが、携帯電話を事業とするNTTドコモ等を子会社とするNTTの株式に関する提案なので、参考までに考えてみます。


 現在、NTT法により、政府は、NTTの株式の3分の1以上の株式を保有することが義務付けられています。これまで、政府は、その「3分の1以上」の株式のギリギリのところで保有していた(2010年3月末で約2兆897億円)のですが、NTTによる自己株消却により政府の保有比率が上昇したことから、現行法の下でも、2011年度当初で1億株程度の株式の売却が可能となっています。そのため、2011年度予算でも、既に、売却収入2,939億円が計上されています。


 今回の提案は、この法定保有率を下回っても売却することを提案したもののようです。しかしながら、この保有義務は、NTTが、研究開発等の公益目的により設立され、あまねく全国に電話役務の提供を行うNTT東西の株式総数を保有していることから、「政府がNTTの安定株主となることにより特定の者による経営支配の弊害を予防する」趣旨で設けられていると、説明されています。3分の1以上の株式を保有することにより、定款変更、事業譲渡等の特別決議案を株主総会で阻止可能としているのです。


 そこで、NTT株式のほとんどを売却しても特別決議案を阻止できるものとして、「黄金株」をNTTに発行させて政府が保有することとしてはどうかという提案もなされているようです。「黄金株」とは、敵対的買収等による経営支配を予防するために、特定の者に対して、特別決議案等を拒否する権利を与える種類株式のことです。


 しかし、問題は、この「黄金株」をどうしたら発行できるか、です。他の株主の財産権に係わる問題ですから「正当な補償」なくして法律で強制することはできませんし、「黄金株」を発行するための定款変更(株式の3分の2以上が必要)をするには政府の3分の1の保有株では到底数が足りません。しかも、東京証券取引所は、既に上場している会社が新たに「黄金株」を発行することについては、既存株主の利益が侵害される惧れが大きいものとして消極的な姿勢に立っているようです。


 以上見てきたように、これまでの提案には色々問題があります。しかも、情報通信産業は、日本経済にとっては「金の卵」の成長株であり、経済成長の「インフラ」でもあります。大きな負担を求めることによって、「金の卵」をつぶしてしまったり、経済成長のための基盤を壊してしまったら元も子もないことになってしまいます。その点をしっかりと踏まえた「財源探し」でなければならないと思います。