大橋巨泉さんの指摘


 6月11日号と同月25日号の「週刊現代」に掲載された大橋巨泉さんの「今週の遺言」では、「NHKワールドの謎?何故外国で日本語でなく英語で放送しているのか」(6月11日)、「NHKに再び問う。何故、自国民へのサービスより外国人向けを優先するのか」と題して、NHKの国際放送の問題を取上げていました。私の友人が、このエッセイを見て、「巨泉さんの指摘は、正しい指摘ですか?」と尋ねてきましたので、私も、ちょっと調べてみました。


 巨泉さんとは、彼が民主党の全国比例代表選出の参議院議員だった時代に、お話を直接聞いたことがあります。巨泉さんは、「民主党の国会議員は、みんな真面目で勉強家だが、面白みがない。唯一『トッポイ(「不良っぽい」という意味です。)』のは、仙谷由人くらいだ。」と言っていました。参議院議員に当選して間もなく「民主党に失望した」と言って議員辞職をしたことと併せて今から考えると、人を見る目もあり、先見性もあったのかもしれません。その巨泉さんが指摘する問題です。


 先ず、巨泉さんの指摘の対象となったNHKの国際放送について簡単に説明しますと、NHKは、現在、国際放送として、外国人向けの英語放送である『NHKワールドTV』と、在外邦人向けのニュース・情報番組等の日本語放送である『NHKワールドプレミアム』を放送しています。これらの国際放送は、放送法第20条第1項に基づき、基本的にNHKの業務(自主放送)として行われていますが、同法第33条に基づき総務大臣の要請によって行われているもの(要請放送)ものもあります。


 巨泉さんの指摘を要約すると、次の通りです。
①ロンドン等主要都市の一流ホテルで、英語の「ワールドTV」は見れるのに、日本語の「ワールドプレミアム」が見れない。日本語放送が視聴できないのに、なぜ英語放送が行われているのか。NHKによる優先順位が間違っているのではないか。
②NHKは、公共放送で我々の受信料で成り立っている。英語での国際放送(を優先して)しか行わないNHKに対しては、英語の得意でない日本人は、『受信料を返してくれ』という権利があろう。


 上記①については、巨泉さんに若干の誤解があるようです。すなわち、二つの国際放送の放送地域は、ほとんど同じです(注)。要は、巨泉さんが宿泊した主要ホテルで日本語のNHK放送が見れなかったのは、むしろホテル側の事情(例えば、視聴者が少ないために、ホテルが「ワールドプレミアム」の番組配信元のケーブル局等と契約していない等)にあると思います。事実、巨泉さんの宿泊したロンドンのロイヤルガーデンホテルの近くのホテルでは「ワールドプレミアム」を見れるそうです。


(注)「ワールドTV」視聴可・「ワールドプレミアム」視聴不可の地域は、欧州、北米、中南米にはありません。アジアでは、カザフスタンのみ(インド、スリランカはホテルでの配信は可能)です。オセアニアには、サモア、タヒチ、トンガ、フィジーなどがあります。


 上記②については、巨泉さんの指摘にも一理あるような気がします。すなわち、NHKの二つのTV国際放送の経費約124億円(平成23年度)のうち、①英語の「ワールドTV」の一部である要請放送については、国が約24,5億円が負担しているのですが、②残りは、NHKが現地の放送局等から受け取る放送権料を除き、ほとんど日本国内の視聴者の皆さんからの受信料で賄われているからです。


 この点については、もう少し詳しくは次のような説明が行われているようです。


 ①に関しては、かつて、自民党・電気通信調査会の通信・放送産業高度化小委員会で、「外国人向けの、世界に通用する新しい国際放送チャンネルの創設を検討すべきであり、このような放送は採算ベースに乗せることは極めて難しいので、必要な国費の投入を検討することが必要」と報告され、英語の「ワールドTV」の一部になる要請放送について、平成19年度から国費(交付金)が投入されるようになりました。従って、要請放送の部分については、巨泉さんの「受信料を返してくれ」という指摘は、当てはまりません。


 ②に関しては、国際放送の一部が受信料で賄われている理由としては、「国際放送は、国際親善の増進等、国民全体への利益をもたらすため、その費用を受信料で賄うことは適当である。」と説明されているようです。しかし、この説明は、国際放送を税金で賄うことの理由にはなりそうですが、視聴者からの受信料で賄うことにはストレートにつながらないように思います。ちょっと苦しいのですが、「受信料で成り立っている公共放送としてのNHKが、その公共的使命として、我が国の文化、伝統、社会経済、政策等について外国人の理解を深める役割を担っている。」とでも説明することになるのでしょうか。