2011、5,12 政治主導確立法案の撤回
本日の衆議院本会議で、国家戦略室を「局」に格上げするなどの内容を盛り込んだ、いわゆる「政治主導確立法案」を内閣が撤回することが承諾されました。選挙による政権交代をもたらした一昨年8月の総選挙での民主党マニフェストで、政治主導の政治を実現するための組織として「国家戦略局」を設置することが公約されていましたが、これでその公約が実現しないこととなってしまったわけです。
このようになってしまったのは、今年3月の東日本大震災に対応するための政府の組織を創ることを優先させるために新しい法案を国会提出したためですが、大変残念です。本会議場では、野党長老議員から「民主党は、また法案を撤回した。これではマニフェスト詐欺だ。」というヤジが飛んでいましたが、法案審議を拒否してきた人たちには、そんな悪口を言われたくありません。
それにしても残念なのは、一昨年の9月に政権交代した直後、新政権として勢いがあって国民が「政治主導」の政治を期待しているときに、一気に、政府の体制を創り上げておくべきだったということです。あの当時、私は政府入りせずに傍から見ていましたが、内閣の中に政治家間の主導権争いがあって「政治主導の体制づくり」が先送りになっていたのではないかと感じました。大変もったいないことでした。
ところで、私は、昨年の6月に、菅政権の発足に伴って、内閣府副大臣兼内閣官房国家戦略室長に任命され、政権交代以降で第2代目の国家戦略室長になりました。その当時、初代の国家戦略担当大臣であり総理大臣になったばかりの菅直人は、内閣あるいは内閣官房の中で国家戦略室をどう位置づけるのか、自らの経験と必要性に照らして悩んでいるときだったと思います。
具体的には、国家戦略室の前例として参考にした英国では、短期的な課題に取り組む「ポリシー・ユニット」と中長期的な課題に取り組む「ストラテジー・ユニット」とがあり、我が国の「国家戦略室」は、そのどちらの役割を主に担わせるのかの問題がありました。そのほかに、菅総理の頭の中には、関係府省間の政策調整を、内閣官房長官(内閣官房)に行わせるのか、それとも国家戦略担当大臣(国家戦略室)に行わせるのか、という問題意識もあったと思います。
そのような状況の中で、私は、昨年7月末から8月初にかけて、国家戦略局(室)の本家である英国に出かけ、現地調査をしています。以下の文章は、英国に出かけたとき、私が、私の英国のカウンターパートに訪英目的を説明したものです。当時の様子を窺わせるものとして参考にしてください。
『1、昨年(2009年)9月に鳩山政権が誕生した際、首相主導の政策決定を行うことを目的に「国家戦略室」を設置しました。当時の民主党マニフェストでは「官民から優秀な人材を集め、予算編成の骨格や重要な国家ビジョンを策定するため、総理直属の組織として「国家戦略局」を設置する」こととされていました。
2、これまで、国家戦略室は、「新成長戦略」、「財政運営戦略」、「社会保障と税の番号制度」、「新しい年金制度」などの政策取りまとめを行ってきましたが、これらは、関係省庁との政策調整を伴うものでありました。
3、菅政権の発足に伴い、菅首相は、国家戦略室のこれまでの役割を見直し、次のような役割を担う組織にする可能性も検討しています。すなわち、
①室は、内政、外交全般にわたって、首相に対して直接、政策提言、意見具申、情報提供を行う。セカンドオピニオンを提供する役割も考えられる。
②室は、関係省庁との政策調整は行わない。政権内の政策調整は、主として、内閣官房長官ラインで行う。
③室は、週2,3回、総理との直接の会合を持つ。
4、以上のような役割を担う「国家戦略室」を組織するには、次のような悩みがあり、先進的な活動をしてきておられる貴国から有益なアドバイスをいただきたい。
①室が取り扱う政策テーマは、どのように選抜していくのがよいか。
②室の規模やメンバー構成(官民、専門性や経験)をどうするのが良いか。
③室全体又は各メンバーは、どのように日常活動すべきなのか。』