今週の一週間は、とても目まぐるしく忙しい一週間でした。その中で、特筆すべきは、15日(火)に行った衆議院山口4区の民主党公認候補の内定記者会見と、昨日(17日)に行った衆議院テロ・イラク特別委員会での私の質疑です。前者において、公認候補予定者に決まった戸倉多香子さんは「逃げない女」であり、後者において、答弁に立った麻生太郎・総理大臣は「逃げる男」であるとの印象を受けたのです。

 昨日の衆議院テロ・イラク特別委員会では、私は、新テロ特措法(「テロ対策海上阻止活動に対する補給支援活動の実施に関する特別措置法」)の延長法案に関して、麻生総理を中心にして質疑を行いました。その中で、麻生総理は、少なくとも2回、形式的に答弁をすることを「逃げました」。そのほかにも、「主語がハッキリしないので、何を聞いているのか分らない」と前置きをして、実質的に答弁を「逃げました」。

 形式的に「逃げた」最初は、質疑冒頭の質問に対してです。アフガニスタンにおける米軍等の武力行使がアフガニスタンの民間人に多くの犠牲者を出していることから、「どの程度の犠牲者が生じていると認識していますか。大体で結構です。」と予め質問の内容を伝えていたにも拘らず、その答弁を、外務大臣にさせたのです。ニューハンプシャー大学のヘロルド教授によれば、6000人超の被害者を推計している事実も無視していました。

 形式的に「逃げた」二度目は、米国等の自衛権行使の正当性を質問した時です。私が麻生総理に質問している時に、何と、総理は、質問者に了解を取ることもなく勝手に席を立ったのです。自然現象であれば席を立つことも仕方ないのかもしれませんが、その場合でも、質問者に了解を取って席を立つことが委員会の慣例となっています。本来であれば、その時点で委員会審議をストップさせるのですが、TV入りの時は、後の質問者に迷惑をかけるのでできないのです。結局、麻生総理は、私が事前通告した質問に、答弁をしないで逃げてしまいました。

 麻生総理は、その所信表明演説でも、寄稿した雑誌(文芸春秋11月号)でも、「私は逃げない」と言っていますが、実際には、「現時点での解散総選挙では、分が悪い」と判ると、衆議院の解散を逃げています。今回の答弁においても、自分(麻生)に気に入らない、自分が答えたくないと思うと、本人(麻生)が希望する「正々堂々の論戦」(麻生総理寄稿文から抜粋)からも逃げてしまうのではないかとの印象を強く受けました。

 そう言えば、どこかの国の総理大臣で、「自分は、闘う政治家である。」と大見得を切って、実際には、闘いから逃げて政権を放り投げてしまった方がいました。自分を格好良く見せようとして言っているのかもしれませんが、格好良いことを言っている人ほど、言っていることとやっていることとが違っていることが多いような気がします。麻生総理も、どこかの国の総理大臣も、お祖父さんが総理大臣であったため、自分を格好良く見せなければ生きていけない、同情すべき人達なのかもしれません。

 他方、戸倉さんは、大変厳しい選挙区事情であるにも拘らず、安倍晋三・元総理の対抗馬になる立候補を決意してくれました。この選挙区(下関市を中心とする山口4区)においては、前回総選挙では、民主党公認候補者でしたがいわゆる「落下傘候補」でしたし、前々回総選挙では、社民党の公認候補者を推薦することしかできませんでしたし、その前の総選挙では、公認候補者も推薦候補者も出せませんでした。どれだけ厳しい選挙区事情なのか分って頂けると思います。

 そんな状況にある中でも、戸倉さんは決心してくれたのですが、その背景には、次のような事情があります。実は、山口4区の候補者発掘には、山口県全域が選挙区となる参議院議員選挙に出馬した経験のある戸倉さんの力を借りていましたが、戸倉さんからご紹介戴いていた方が「決定もう一歩」という所で断念されたのです。切羽詰った民主党山口県連の窮状を見た戸倉さんは、県連副代表としての責任感も感じ、私の立候補要請に応じてくれたのです。

 正に、戸倉さんを、「逃げない女」と呼ばせて頂きたいと思います。その戸倉さんに、私は、「男なら」という山口県の民謡を送りたいと思います。「男なら、お槍かついでお中間(ちゅうげん)となって、ついて行きたや下関。国の大事と聞くからは、女ながらも武士の妻、まさかの時には締め襷(たすき)・・・」との歌です。今の時代、男でなくても(女でも)、国の大事ならば下関に行って闘う決意をしてくれた戸倉さんこそ、「逃げない女」です。戸倉さん、頑張れ!