本日は、「敬老の日」です。私の地元でも、ここ数日、各地区で、敬老のための行事が行われました。毎年、地元の幾つかの地区の敬老行事に顔を出していますが、数が多くてとても全部の敬老行事に出席することはできません。結局、今年も、この3日間で16箇所の敬老行事に顔を出せるに止まりました。皆さんは、そんなに沢山の敬老行事に出られることは無いと思いますので、以下は、その敬老行事の色々をご紹介したいと思います。

 私が今年顔を出した敬老行事は、「敬老会」、「敬老の集い」、「高齢者福祉大会」等の呼び名で、15,6人の小規模なものから400人程度の大規模なものまでありました。主催者は、市当局、社会福祉協議会、自治会など(それらが共同で行うところもあります。)です。どの敬老行事も、その地区の人達が中心となって、企画、立案、実行されています。地域の人の協力があって初めて敬老行事が成り立っているのです。感謝申し上げたいと思います。

 敬老行事で政治家がどのように係わりを持っているかも、地域事情があるように思います。市長(又はその代理である副市長や関係部長等)は、敬老行事の主催者であるときは当然主催者としての「式辞」を述べますし、そうでないときでもその地域の「顔」として主賓的な立場で挨拶をすることになります。市議会議員などの地方議員は、自分の地縁の深い地区の敬老行事に出席し、挨拶したり、紹介されたりしています。

 問題は、国会議員(私の場合は、野党の国会議員です。)の位置づけや取扱いです。敬老行事以外の行事における位置づけや取扱いも様々なのですが、同時に多くの場所で敬老行事が行われるものですから、その違いが印象的なのです。

 国会議員の位置づけや取扱いについては、大まかに言えば次のようなケースがあります。すなわち、①案内をくれ、かつ、挨拶もさせてくれる、②当方が出席を希望すれば受容れてくれて、挨拶をさせてくれるか、紹介をしてくれる、③出席を希望しても、「政治色を出したくない」として政治家を一切受容れないか、「国会議員は地域との関係が薄い」等を理由として出席を断られる、といったケースです。

 上記①又は②のケースは、私達にとっては大変ありがたいのですが、③のケースは、どのように対処するか困るのです。と言うのは、「与党の国会議員だったらどうなるのか」と比較してしまうからです。与党の国会議員の場合、出席を希望する場合でも断られるケースがあるのか良く知りませんが、総じて言えば、私が与党の国会議員と同席している場合は、必ず最高の処遇を受けている(その場合は、その余禄として、私も同様の処遇を受けます。)からです。

 特定の行事において「政治色を出したくない」という気持ちは判らないわけではありませんが、選挙で選ばれた政治家は、その行事の参加者とは密接な関係がありますし、行事で補助金などの予算を使っている場合にはその予算の当否を判断する立場に立っています。出席した政治家が政治色を出すべきでない行事で政治色を出せば、その場面に直面した有権者は、その政治家に低い評価を与えるだけではないでしょうか。

 他人が準備した行事ばかりに出ようとしている政治家であれば、それもどうかと思いますが、本来の政治的活動もシッカリ行いつつ、有権者との接触を持とうとする政治家をもっと気楽に受容れていただけたらいいのではないでしょうか。政治家も、有権者も、そのような接触を通じて、お互いに成長していけるのではないかと思います。