「おいハゲ」
まだ思春期年代のものと思われる真っ直ぐで甲高い声が
駅構内に響き渡った
ピクッ
と反応した男が二人
声の主は学ランに身を包んだ中高生で
同じ駅構内の数メートル先にいる
同級生グループと思われる学ラン集団に向けて放たれた台詞だった
声の主と学ラン集団との間に
俺と中年のオッサンが電車待ちをしていた
俺は今のところ「ハゲ」という自覚症状はないが
坊主頭の為由縁がないとも言い切れない
若干反応してしまった
ふと学ラン集団に目を向けてみたが
もちろんハゲはおろか坊主頭すら見当たらない
だが確かに中高生の頃は
ハゲでなくとも
無駄にハゲだのと連れ同士呼び合っていたな
と
学生時代の面々を思い出しながら
隣の電車待ちをしている中年のオッサンを見上げた
やり切れなかった
オッサンの頭はつるりと本物だった
オッサンは露骨に怒気を含んだ表情を示しているが
是が非でも怒る訳にはいかない
そんな事をすれば周囲の人間に逆に恥を晒す
それはオッサンもわきまえている様で
必死に怒気を押し殺している
そのオッサンの昂揚した横顔が
真っ赤で今にも泣き出しそうに見えてたまらなかった
頭髪の重みを噛み締めながら電車に乗り
久々に祖師ヶ谷大蔵にある風呂屋に行って来た
俺は長風呂が苦手で
本来銭湯通いの趣味はないが
ここのところやたら湯舟が欲しくなる
日曜とあって風呂は混雑していた
どちらかと言えば中高年層の多い大衆浴場
頭髪の重みを噛み締めながら湯舟に浸かっていると
予想外の光景を目の当たりにする
近くの流し場で身体を洗っていた爺さん
身体を洗い終えると
リンスインシャンプーを握り絞め
しばらく見つめていた
爺さんの頭には髪の毛らしき物体は一つも見当たらない
だがしかし次の瞬間
リンスインシャンプーを頭頂部付近に持って行き
その場で
ピャッ ピャッ
とノズルを二回程プッシュ
ピチャッ ピチャッと
爺さんのつるつる頭に白濁色の液体が飛び散った
遮るものがない真っさらな大地に
ねっとりとした白き科学物質
吹き出しそうになったが
男汁に見えなくもなく踏み止まる
お構いなしに爺さんは
つるつるの頭にこびり付いた白濁液を容赦なく掻き回し始めた
しかし案の定泡立たない
結局何事もなかったかの様に全身を流し
爺さんは再び風呂に浸かった
俺は何となく疲れを覚えながら浴場を後にし
ロビーでお決まりの瓶詰め飲料を口にする
白濁色ののむヨーグルトと
爺さんの頭頂にこびり付いた粘着質な白濁液が微妙に重なり
美味さを堪能しきれず風呂屋を出た
毛のない所に泡は立たない
という事実を再認識し
缶ビールで胃中の白濁液を薄める様に流し込みながら帰った