試合の押し迫ったこの時期は空腹や我慢の連続で

何でこんな事やってんだろう

もうやりたくねえ

と考えたりする




それでも試合を終えるとまたボクシングがやりたくて仕方がなくなる


麻薬と言われる由縁




4回戦の頃
自分に合った減量法も知らず
計量の一週間前からリミットを下回る様に体重を落とし
それを維持していた


これは身体によくない事この上なく一週間仮死状態のまま街を浮浪している様なものだった


一週間も精神空虚に加え干からびた身体を引きずっている状態を保っていていい訳がない




今は一週間前からグッと絞る方法に切り替えている


無論計算しながらリミット付近まで体重を落としてきてはいるが
リミットを下回るのは計量の少し前の一瞬でいい


運動量を減らし水分量や体調を上手く調整しながら体重をコントロールしていく


これは計量日が試合の前日にある為で
もし試合当日に計量があるなら減量法も勝手が違う

階級を上げた方がいいかもしれない









それにしても
精神飽和仮死状態で一週間もフラフラしていた頃は周囲の見る目も厳しいものだった




動きにくい服などは着ていられないので俊敏かつ軽快に動けそうな黒装束の上下を着込んで外出行動する

風邪を貰わない様顔面にマスクを着用してはいるが
頬は痩せこけ目は虚ろ
加えて足取りは覚束ない


帰宅途中の静まり返った住宅街の夜道をこの状態で歩く


角を曲がる


曲がりざま向こうから曲がって来た人間と出会い頭にはちあわせ

ビクッとする




「きゃーー」


相手はこちらを見るなり悲鳴を上げ逃走


リクルートスーツに身を包んだ若い女だった


ただ歩いていただけで
悲鳴を上げられ逃げらるという貴重な体験を得る






また
路地に生えている雑草に話しかけたりする


お前も水分がないと生きて行けないんだな


朝露に濡れている

その露すら美味そうでむしゃぶりつきたくなる




この様な状態で一週間も娑婆に放置されていれば
職務質問が空前の大ブームである今のご時世

暇を持て余した巡査部長に何度か井戸端会議を持ち掛けられたため


これでは上手くないという事で仕方なく減量法を切り替える




その成果あり
減量は相変わらず苦しいものだが一昔前の浮浪者の面影はない




あと三日


気を抜くと心の中にいる当時の浮浪が顔を出す


最後の方は
男女問わずこちらの不審具合を怪しみビクつき離れて歩こうとする人間共のよそよそしい面を見る事が

減量浮浪中の娯楽になりつつあり
これはいよいよいただけないだろうと改めるに至る




あのリクルート女の影響によるトラウマに違いない