5月1日、救急車で到着したのは21時過ぎ。救急車のストレッチャーから降ろされ、さいたま日赤のベッドに移動。


若い女性のドクターや看護師からいくつか質問を受けた。さすがに、これまでの経緯を最初から説明などできないので、かいつまんで「下腹部に腫れがあり、エコー検査では大腸周辺のリンパ節が数cm腫れていた。原因は不明だが、尿管結石、蜂窩織炎、鼠径ヘルニアではないかとの診立てで、チキジウム臭化物や抗生物質などが処方された。それでも腫れは引かず、痛みは限界に達してきて救急車を呼んだ」と短時間で自身の状況を説明することができた。


看護師から「今の痛みの状況はどうですか?最大を10とするといくつくらい?」との質問。即座に10と答えたくなるが、少し自重して「6か7くらい」と回答。すると、気のせいかもしれないが、看護師の反応が変わったような。この時は(自重しなければ良かった)と心の中で後悔した。


その後、生理食塩水?の点滴がされ、エコー検査、血液採取など一通りの検査がされ、後はCT検査を待つだけとなった。カーテンで仕切られた高度救命救急センター内のベッドには他にもたくさんの急病の方がいる。たまたま隣に居合わせた高齢女性の方は腸閉塞なのか、腹腔鏡を使っての緊急手術云々といった説明を受けている最中でも「うぅ~痛い、あ〜」、嘔吐といった感じで気の毒であった。


一方で、自分の方はと言えば、1時間以上はベッドで待機していたかもしれない。途中、トイレに行きたくなり、ナースコールを鳴らし、トイレまで案内してもらった。点滴スタンドでの移動もこれまた初めての経験であり、移動にも一苦労だった。


そうこうしているうちに、いよいよCTの順番が回ってきた。ベッドに載せられたまま、CT室まで移動。一旦点滴は外されたが、CT室でまた造影剤が投与された。事前の説明では確かに聞いていたが、身体全体が熱くなる感じも初めての経験だった。


CT検査そのものは20分とかからず、また元のカーテンで仕切られた空間に戻った。救急搬送される際に「検査だけ」と言われていたが、心の中では(これだけ痛みがあるし、腫れも見られる状態だから、何だかんだ言って詳しい検査をするので入院してください)ってなるだろうと高を括っていた。


が、そうした希望的観測はすぐに崩れ去った。CT検査の結果が救急のドクターから説明があった。「この白いところ、これがリンパ節で、こっち、あっち、そっちと所々で腫れている、ボコッボコッボコッと。鼠径ヘルニアではないと思う。おそらくはリンパ節炎とか。ただ、もしかしたら血液か何かの病気ということもある。今日は消化器外科の先生が緊急手術で説明できないので代わりに説明した。今日はこれ以上の処置もできない。一番早くて5/9の外来予約になるが大丈夫か?」と。今日が5/1だから、5/9は随分と先だなと思いつつ、他に選択肢もないので承知した。


この時の表情があまりに落ち込んだものだったためか、看護師が「痛くなったら5/9まで我慢しないで、すぐに連絡してください」と言ってくれたのが唯一の心の救いとなった。


まだ痛みはあったものの、ベッドから降り、妻が待つ会計のところまで歩いた。端から見ると、前かがみで随分と高齢のおじいちゃんに思われるだろうなという歩き方しかできなかった。処方ではロキソニンを出してもらったので、すぐさま服用し、会計を済ませ、迎えに来てくれた娘が運転する車に乗り帰宅した。


救急搬送、紹介状なし、初診、CTなどかくし検査、会計は軽く2万を超えていた。普段あまり現金を持ち歩かないので、支払いはカードで。


深夜1時くらいに帰宅後、再びロキソニンを服用。間隔は空いてなかったが、痛みが収まらないので。2時くらいになり、ようやく痛みが収まり、この日は就寝。


結局のところ、原因は不明。

翌日から「リンパ節の腫れ」について朝から晩まで検索することになったのは言うまでもない。


不安な日々は続く。