4月10日
我が家の弟分の愛犬
チワワのまめが急逝しました…
前日からフードを全然食べなくなり
最近のお気に入りの場所
ソファの陰の一角に隠れるように潜んでいて。
元々フードの摂取状況は波があって
1日くらい食べない日もたまにあり…
そして
その後も全然表にも出てこなくて
何か変だな、と思ってはいたけれど。
いつもの感じかな!?
と思い、夜勤明けで帰宅予定のダンナさんに
気を付けてねとLINEし
日勤のお仕事に出掛けたのですが…
職場の駐車場まで来て
やっぱり家に戻ろう、と。
何となく仕事に行きたくない気持ちもありつつ
後ろめたさもあったのですが
なんだかんだで
虫の知らせだったのかと…
帰宅すると
相変わらず様子がおかしい。
小さく震えて呼吸もとても早い
努力性の呼吸。
時間的に診てもらえそうな
動物の救急病院もなさそうで
かかりつけの病院に行く事に。
それでも、促して
ひとくちふた口のお水は飲んでくれたので
少し安心していたのですが…
病院が開いて、受付をしている最中に
呼吸が急に弱くなってきて
あえぎ呼吸になりました。
先生もさすがに危険な状態という事を察し
急いでカルテや薬剤を準備してくれていて。
それでも
もう状況は刻々と悪化していて
意識ももはやない状態で
私ももうどうして良いか分からなくなってきて…
診察室に入って横たわった時には
息も絶え絶えで…
酸素を吸わせるのを介助して
先生は静脈注射を試みるけれど
血管はもう収縮して入らずで…
私は慌ててダンナさんに電話して
もうダメだろうという事を泣きながら伝えました
先生に注射は強心剤かと尋ねると
利尿剤と。
私は看護師なのでこのような時の使う薬剤は
大体わかりますが
その選択をした先生の事を特に悪いようには
思いません
利尿剤を皮下注射し
その後強心剤も。
でも
もはや反応はなく
呼吸はゆっくり止まっていきました…
私はこんなに近しい家族を
こんなに
亡くなる間際まで立ち会ったことはありません
呼吸が完全に止まり
まだダンナさんが到着していず
他に患者さんもいたので
先生に頼んで他の部屋に移動させて頂きました
数分しダンナさんも到着し
2人で泣き崩れました…
ダンナさんに抱いて貰った時の
くたっと脱力した儚い様子のまめ。
実感はなかったけれど
そんな状況が凄く死を意識させました
家に戻り
その後ダンナさんが可愛いバスケットや花
ワンコ用おやつを買ってきてくれて
柩としてそこにまめを寝かせ
花やおやつを敷き詰めました
北海道の息子たちにも知らせ
火葬前の最後の姿に会うかどうか確認して
次男が来ようともしましたが…
コロナウィルスによる緊急事態宣言の真っ只中。
お互いの為にそれは取り止める事に。
なので私たち夫婦と先輩犬
パピヨンのくり で
最後のお別れをしました
私たちと共に移住した2頭のワンコたち。
2人ともシニアだったので
いつ最期を迎えてもおかしくないとは
常々話していました…
覚悟はしていました。
しかし。
コロナという不測の事態。
最後の姿にも会わせられないという切なさ。
この騒動が
人生の岐路を変えさせるひとつの要因になったのでした
時を戻し。
3月ころ
移住後住んでいた
賃貸のアパートの抵当権が差し押さえられた
という知らせが急に届きました💦💦💦
オーナーが支払いを行わず
そのような経緯に至ったという事で
このようなケースは不動産屋さんでもかなり
レアであるとの事でした
すぐ立ち退きなさいという事ではありませんでしたが
いつそうなってもおかしくないのではと
元々賃貸では家賃が勿体ないと考えていたため
中古の物件探しが始まり
その後私たちの
休日の過ごす時間のほとんどとなりました
価格によっては
建売の新築物件なども何件も内覧し
それでも中々決め手がなく
難航する日々。
そして
多分私の中ではこれらの事が発端ではなく
本丸の原因となったのだろうという事は。
移住後仕事が忙し過ぎてついていけず
←こんなトシとってから今までで1番忙しい所で
働く事にしてしまった為…
無謀過ぎたのです
それでも退職はせず
部署異動する事となり年明けから心機一転…
も、ままならない。
というか、自分自身がもう無理だな、と。
何となくですが
沖縄独特な職場環境のような感じがして
ダンナさんは違う医療関係の職場ですが
どこも変わらないのかもしれないと思い。
で。
ここにはもう
いられないのだと
ようやく覚悟出来たのでした…
本当は北海道にも行きたくはないのですが
ここにいるよりは
やって行けるであろうという結論になりました…
息子たちや親戚の方たち
友人、知人のような
心を許せる人の存在が
ここでは余りに少な過ぎて
私たち夫婦
というか、私が大体的に甘え過ぎて
ダンナさんを傷付け、罵り合いの日々もたくさん。
家出も何度した事か…
もはや正気の沙汰ではない日々も。
そもそも
沖縄移住の前から
私は不安が強すぎて大分病んでいたのです
それでいて
慣れない環境、職場
暫く病んでいる状況も続き!?
今が1番冷静だと思いますが!?💦
10年は沖縄にいる予定でしたが
結局1年で戻るとは…
ほぼ
意地で来て
なんの為に来たのだろうかと
自分自身に疑問や後悔ばかり。
それでも。
沖縄に来れた事は私にとって
家族にとって
全てがムダではなかった
とは思っています。
初めて親と離れて暮らし
息子たちの成長を見る事が出来ました。
病気にかかった時の試練。
日々の生活でのお互いの大切さの再確認
そして
私が沖縄というか
今後、ヒーリングやカフェを経営する
という目論見が
このコロナという状況で
いとも簡単に崩れたのも現実の厳しさを知る
学びでした
←そもそも無謀過ぎともいう…
いや、でもまだ諦めてはいないわよ!!!!!←!?てな。
そして
まだ未練タラタラではあるのですが…
←しつこい
短いようで長いような
長期出張!?
職場体験!?
現実逃避!?
で
夢のような日々でもあり
苦しい現実もアリアリで
今後、これらを教訓に愛しい思い出として
生きていければなぁ
と思う所存です!!!!!
苦笑