前回、父の事を書きました。
今回、母について少し語ります。
大正14年1月2日 生まれで、91歳かな?
10年前に父が他界して、実家では母一人生活していました。
私は3人兄弟姉妹で姉(享年62歳)没、兄は現在、大阪在住で、地元に帰る予定なし。
それで、結局、私が地元に居て実家とは歩いてでも行ける距離に住んでいます。
父が亡くなって3年程は母も介護施設で半日過ごしたり、趣味の三味線を弾いたり自宅でカラオケしたり、私の家に着たり、こちらから実家に行って食事したり過ごしていました。が徐々に言動が変わってきました。
俗に言う痴呆症の症状が出てきました。
母親一人では危険と感じ、我が家で一緒に暮らす事にしました。
痴呆を抱えた母と一緒に暮らす事の大変さ当時は何も考えずにいましたが、改めて知らされました。
私は仕事に行けば、日中は家内(自営業)が世話をしていました。と言うより家内と娘にまかせっきりの状態でした。
一緒に暮らし始めて半年、ついに家内が疲れを出し倒れてしまい1週間程、脳梗塞の疑いで入院しました。
現在は定期検査に行っていますが元気に生活しています。
テレビのコントのように”飯はまだかい?”の連発だった様です、又、ある時は台所で仕度していて振り向けば母が知らぬ間に立っていたり・・・。
俳諧癖があり家内が買い物に出かける際は、表に出られないように苦心していましたら、家内が買い物から帰ってくると家の前にパトカーと救急車が止まっていたりして母が110番していた様です
警察官に”殺される。助けて。”と呟いていた。家内も相当ショックであった事と思います。
私にとっては自分の親だから気を遣う事は無いのですが、家内にとってはかなりの負担を掛けさせてしまいました。
急きょ、施設を探しました。田舎でも空きが少なくコネを使って特別擁護施設を探しました。
俗に言う老人ホームです。
出来れば、そう言った施設は望まなかったのですが、婆さん逝っても、私の家内に逝かれてしまっては私にとって多くの後悔が残ります、仕方なく施設に入れました。
施設に入って7年程になります。当初は面会に行って私達が帰ろうとすると一緒に帰ろうとして難儀しました。
今では痴呆も進み、面会に行っても、自分の息子や孫達も判断出来ず。
自分の親の事が気がかりで、遠い記憶しか残っていないです。
定期的に母の髪の毛のカットに行っても他人行儀な会話になります。
人が人を看る事は、本人より周りの人が、かなりの負担になります。
今、病院勤務しています。患者様、一人、一人が、それなりに不自由は入院生活されていますが、
元気に退院される方、悲しいかな、お見送りをしなくてならない方を見ていました。
他人だから優しく看れるのか?。自分の親だったら、ここまで優しく出来るのか?。
おそらく自分の親だったら、悲しすぎて看れないでしょう。
多くの看護士も同じような意見を持っている様です。これが本音でしょう。
現在母は身体面では元気ですが高齢でもあり、何時、突然の連絡があっても覚悟は決めていますが、
それよりも親より早く他界した姉が、悔やまれます。母はその、姉の存在や、父の記憶すら残っていません。
”何も解らなくなった本人は、もしかして幸せなのでしょうか?。”
周りの人が不幸?。だとすれば辛いですね。
今回、母について少し語ります。
大正14年1月2日 生まれで、91歳かな?
10年前に父が他界して、実家では母一人生活していました。
私は3人兄弟姉妹で姉(享年62歳)没、兄は現在、大阪在住で、地元に帰る予定なし。
それで、結局、私が地元に居て実家とは歩いてでも行ける距離に住んでいます。
父が亡くなって3年程は母も介護施設で半日過ごしたり、趣味の三味線を弾いたり自宅でカラオケしたり、私の家に着たり、こちらから実家に行って食事したり過ごしていました。が徐々に言動が変わってきました。
俗に言う痴呆症の症状が出てきました。
母親一人では危険と感じ、我が家で一緒に暮らす事にしました。
痴呆を抱えた母と一緒に暮らす事の大変さ当時は何も考えずにいましたが、改めて知らされました。
私は仕事に行けば、日中は家内(自営業)が世話をしていました。と言うより家内と娘にまかせっきりの状態でした。
一緒に暮らし始めて半年、ついに家内が疲れを出し倒れてしまい1週間程、脳梗塞の疑いで入院しました。
現在は定期検査に行っていますが元気に生活しています。
テレビのコントのように”飯はまだかい?”の連発だった様です、又、ある時は台所で仕度していて振り向けば母が知らぬ間に立っていたり・・・。
俳諧癖があり家内が買い物に出かける際は、表に出られないように苦心していましたら、家内が買い物から帰ってくると家の前にパトカーと救急車が止まっていたりして母が110番していた様です
警察官に”殺される。助けて。”と呟いていた。家内も相当ショックであった事と思います。
私にとっては自分の親だから気を遣う事は無いのですが、家内にとってはかなりの負担を掛けさせてしまいました。
急きょ、施設を探しました。田舎でも空きが少なくコネを使って特別擁護施設を探しました。
俗に言う老人ホームです。
出来れば、そう言った施設は望まなかったのですが、婆さん逝っても、私の家内に逝かれてしまっては私にとって多くの後悔が残ります、仕方なく施設に入れました。
施設に入って7年程になります。当初は面会に行って私達が帰ろうとすると一緒に帰ろうとして難儀しました。
今では痴呆も進み、面会に行っても、自分の息子や孫達も判断出来ず。
自分の親の事が気がかりで、遠い記憶しか残っていないです。
定期的に母の髪の毛のカットに行っても他人行儀な会話になります。
人が人を看る事は、本人より周りの人が、かなりの負担になります。
今、病院勤務しています。患者様、一人、一人が、それなりに不自由は入院生活されていますが、
元気に退院される方、悲しいかな、お見送りをしなくてならない方を見ていました。
他人だから優しく看れるのか?。自分の親だったら、ここまで優しく出来るのか?。
おそらく自分の親だったら、悲しすぎて看れないでしょう。
多くの看護士も同じような意見を持っている様です。これが本音でしょう。
現在母は身体面では元気ですが高齢でもあり、何時、突然の連絡があっても覚悟は決めていますが、
それよりも親より早く他界した姉が、悔やまれます。母はその、姉の存在や、父の記憶すら残っていません。
”何も解らなくなった本人は、もしかして幸せなのでしょうか?。”
周りの人が不幸?。だとすれば辛いですね。