母は75歳からアルツハイマー型認知症です。
48歳の時には、クモ膜下出血で一命をとりとめましたが、70歳になる前には物忘れが徐々に進行しました。

半年前に、入院した時には、夜間の徘徊防止に身体を拘束されてベッドで過ごしていました。

昼間に見舞いに行き、身体を拘束を外して頂き病院のホールで昼食を共にした時に、看護師さんへ「これが私の娘です。」と私を紹介してくれた以降は、私が誰だか分からなくなりましました。

「君の名は」や、「千と千尋の神隠し」では、大切な人の名前を忘れてはいけない、自分の名前を思い出そうという場面がありますね。

母が私を娘と認識しなくなり、心の中で寂しさや言いようもない苦しみが襲ってきましたが、

「これからは魂の付き合いをしよう。」と切り替えることができました。

母に時々会うと、母は私の顔を見て涙を浮かべ、「誰だったかな?」と言います。

かつて、私が何度か大病で手術をした後は、母は私に会う度に涙を流していた事を思い出しました。
認知症になって反射的にでも私の顔を見て涙をを浮かべるのをの見ると「魂レベルでは理解している。」と、勝手に解釈しています。

私の職場の看護師の同僚は、呼吸器を装着し会話ができない患者様と以心伝心に何を訴えているか分かる方もいます。

患者さんが「口パク」で表現しても、受け手は理解できず、透明な文字盤を使用しながら、患者さんの瞬きで一文字づつ文字を拾い上げますが、患者さんの疲労や瞬きのタイミングが合わずに、双方のストレスになることも多々あるのです。そんな中でも何故かズバリと患者さんの要求や気持ちを当てる看護師の sixth senseには驚きを隠せませんでした。

こういう能力は、正確に物を言えない子供の表情や雰囲気で訴えを察することができる女性ならではのものかもしれません。

先日、失語症で寝たきりの患者さんの処置を真夜中に行うとき、瞳奥ををじっと見つめて、「これからこんな処置をするけどいいですか?」と訊くと、首を頷いたように見えて、同意を得た気がしました。
同時に、その患者さんの母としての生き様、エピソードが映像のように飛び込んできた瞬間でもあり、肉体的に老いることの刹那さを感じたものです。


あなたは誰?
あなたの名前は?

分からなくなったときにこそ、魂のお付き合い。

瞳の奥をずっと見つめてみよう。