木漏れ日 - お人形ー | 想いのかけら

想いのかけら

ユンジェは永遠


リビングに通された時、やけに真新しいカーテンが目についた。



『ここで、待ってればいいの?』



俺を迎え入れてくれた人間は人形のように固まったまま俯いている。

こちらから話を振ってやらないと、いつまでも入り口で突っ立っていなければならない。



『・・・ハ・・ハイ・・・』



聞こえるか聞こえないかの声はいかにも自信がなさ気で、ある種の人間には嗜虐心をそそられそうなタイプだ。

この家に来てからまだ一度しか目を合わせて貰ってない。



『あ、お茶よりコーヒーにしてくれる?』



ソファに腰掛けた俺を見て、ホッとしたように消えかけるからもう一度ここへ来なくてはならないように言いつけて

みた。まさか客に茶のひとつも出さないで退散するとは思えないが、あのお人形さんの様子ならそれも有り得そ

うで予防線を張っておいた。

案の定、驚いたように振り返った顔は人形が一瞬だけ人間の血を通わせたように瞳が不安げに揺れていた。



想いのかけら




約束の時間より一時間以上も早くこの家に着いたのはこの日が待ち遠しかったから。


無礼な事は百も承知だけど、待てなかった。


きっとあの娘は、俺の為に美容院にでも行って着飾ろうとしているに違いない。

母親の姿が見えないのは娘に付き添っているのかも知れない。

あの我が儘お嬢さんなら、母親を運転手代わりに使う事など何とも思わないのだろう。

そこが可愛いといえば、また喜んでくれるだろうか。


かすかな物音にふと顔を上げた。


ドアをノックする音が聞こえたと思ったが、いつまでも人が入って来る気配は無かった。

少ししてからもう一度、ノックの音が聞こえた。

《まさか返事をしてやらないと入って来られないとか言う?》

返事をする代わりにドアを開けると、リビングの前の廊下で所在無さげにコーヒーを持ったままの人形が居た。



『コーヒーを・・・』



どうぞ、と言えたのか言えなかったのか、最後の方の声は聞き取れなかった。

カップに注がれたコーヒーの香りは悪くない。

入り口を塞ぐ形の俺を見上げるでも無く、下を向いたままコーヒーに映る自分の顔でも見ているのだろうか。

背が俺よりも低いから俯かれると、表情がまるで読めなくて僅かに苛つかされる。

少しだけ身体をずらしてやるとホッとしたように俺の横をすり抜けて、テーブルに進んだ。

動作は鈍くないし所作の一つ一つは洗練されている、とまでは言えないがきちんと躾がされている。

ただし、俯いて猫背気味なのが全ての雰囲気を台無しにしてるタイプだ。



『こんなに早く着いちゃって悪かったね』



コーヒーを置いたら早く引き上げなくては、といった感じで後ずさろうとするから少し意地悪したくなった。

この人とは一生、付き合う事になるだろうから声がもっと聞きたかった。

俯いた唇から【いえ・・】と聞こえたような気がしたけれど、なにぶん声が小さ過ぎる。

思わず、身体を近付けたら驚いた子猫のように全身から威嚇する空気を発した。



『あのカーテン、仕立てを急がしたでしょ?』



コーヒーを乗せて来たトレイを胸に抱える仕草はまるで悪い大人から身を守る少女のようだった。


その指先がか細く震えているのを見たら、俺みたいな人間はもっと苛めたくなるんだ。



『・・・・?』



視線がカーテンに向けられて意味が判らない、といった顔で戸惑っている。


少しだけ首をかしげて振り返った顔が余りにも無防備で、確かにこれでは誰にかどわかされても不思議じゃない。