一生分のプレゼント✨
そう気付いたのは最近のこと(*^^*)
大して自分の名前が好きでもなく、
どちらかと言えば
仕方なく受け入れなきゃいけない!
と思っていたころでさえも
呼び間違いをされると
良い気はしないものでした。
記憶に残っているのは
高校1年生の英語の授業中の
ある出来事…。
素敵なマダム風の先生なんですが
少しおっちょこちょいな
ところがある人でした。
順番に英語の問題に答える場面で、
私を全く別の名前で呼んだのです!
明らかに名前を間違えているのに、
全く気付かず、私の顔を見て
何度も別のクラスメートの名前を
呼びました〜〜
少しは先生の記憶に残るくらい、
頑張っているつもりだった自信が
見事に打ち砕かれ、私は自分の名前を
先生に訂正することもせず、下を向き、
凍りついて無言の行を始めてしまった
のです~_~;
それでも呼び間違いに気づかない先生は
仕方なく、私の次のクラスメートを指名し、
授業後、すごく悲しくなって、
別のクラスの友達のところへ行って
泣いてしまったのでした
人の間違いが許せないほどの狭量な
自分とは思ってなかったので
結構ショックでした
なんでもかんでも
間違いが許せない訳じゃなかったけど
この時の名前の呼び間違いは
とても癇に障ったのをまだ覚えています
でもね、のちのち私も全く同じ過ちを
犯してしまったのです
それは本当に本当に申し訳なくて、
気が付いてすぐに謝ったけれど、
とても悲しい思いをさせてしまい、
すごく残念だったし、
とても気をつけていたのに〜〜と
自分の頭を殴りたいくらいでした。
失敗して思うことは
同じ過ちは繰り返さない‼️ということ
に尽きます…
それでも、言い間違いの増えてきた
今日このごろ、
やってしまった時は
許してもらうことを相手にお願いする
力量⁉︎も必要だなぁとつくづく思うの
でした。
読みにくい漢字の名前の人は
きっといつも呼び間違いされたり、
読み方を聞かれたりすることが
初めての場面でたぶん、
よくあるのではないでしょうか。
そういう難読漢字のお名前の方は
人に何かを教えてあげる役割がある、
のだそうです。
自分の名前ほど、
自分にとって当たり前のものは
ありませんが、
それは他の人にとっては
決して当たり前ではないのですよね。
きょう日、キラキラネームまでとは
いかなくても
読み方がわからないお名前の人が
増えているような気がします。
そういう方は
人に自分の名前を教える役割がある!
と思うと、聞かれるのが少し嫌でなくなる
かもしれません。
自分の当たり前は
人にとっての当たり前ではない(*^^*)
それをいつも思い出させてもらうことは
とても大事なことだと思いませんか?
長くなってしまいました。
ここまで読んでくださった皆さま、
心から感謝します❤️
