「厄年を終えて」 | セルフ・アップデーターという在り方

セルフ・アップデーターという在り方

旧:とある学会のサロン模様~「D学会 D・サロン」~
タイトルを刷新しました。

あらためまして、セルフ・アップデーターのひでです。
セルフ時代の現代を生きる一人一人の自己(セルフ)に焦点を当て、総合力の更新(アップデート)を全力でサポートします。

 皆さま、新年明けましておめでとうございます。今年も変わらぬお付き合いをどうぞよろしくお願い致します。

 

さて、久々の投稿となるので所信表明的な意味合いを込めて、ここ数年の私自身に起こった出来事とこれからを見据えながらの今後について駄文を書き連ねてみたい。とはいえ私個人の事である。たいそうな事はしてきていないし、これからもあまり変わりばえのないものだろうが正月番組に飽きた方々の暇つぶしになればと願う。

 

 今回は、タイトルに掲げた「厄年」について書いてみたい。2014年から始まった3年に渡る「厄年」なのだが、昨日を以って無事厄が明けた。

 

 私はもともと信心深い訳でも無く、周囲の声と風あたり(厄を信じ切っている)が強かったが全く聞く耳を持っていなかった。厄除けのきっかけは、友人の気軽な一言だ。2014年10月下旬頃の事である。

 

「前厄」と言われる2014年は、私にとっての転機の年となった。遡ると、東日本大震災をまたいだ頃から会社で不穏な事が立て続けに起きる様になっていた。マネジメントを学び始めたばかりの若輩者の私は、どうしても納得出来ず、後先も考えずに会社を飛び出した。

2014年8月の事である。それから1カ月は何もしないと決め、世の中の動きを色んな所で観察していた。

 

10月に入ってから就職活動を始め、ハローワークに通った。求人サイトに登録し、募集要項を見ていった。が、時期が時期なのか年齢のせいなのか求人がほとんど無く本当に数える程度であった。(現職場にはそうした最中に出会えた。)丁度その頃、友人に「就職祈願に厄除けでも行って来たら?」と言われたのである。

 

 蹴活中の中年おやじ、どうせ暇な身である。就職祈願がてらに、有名所の川崎厄除け大師こと平間寺へ参拝に伺った。護摩の祈祷は迫力があり、火と僧侶の方々の勢いに熱意を感じ感謝したのは言うまでもない。祈祷の後に奥に通され、御大師様と面通しとなった。

 

弘法大師自らが彫ったという像は一見しておいた方が良いと感じたのはこの時である。

 

ただし、自分の厄除けの為に行くのではなく、歴史や宗教の在り方を学ぶ機会としてである。厄除けや祈祷はあくまでついでで良い様に感じた。転職も無事叶った。

 

「本厄」の2015年は転職直後に「業界の資格試験を取れ」との上司命令も後押しとなり、僅か一ヶ月の準備期間で試験に臨むも無事に合格。その時の模様はこちらに。他に大きな出来事は、11月に父が突然の血液系のがんに見舞われた事。齢70歳も過ぎており、多少の不安が過ったが最初の抗がん剤治療の後は、小康状態となっており、現在も比較的元気で存命中である。ここ最近はまた病魔が暴れ始めたとの事で、抗がん剤療法を少しづつ再開させている。平癒を願うばかりである。

 

「後厄」の2016年は、何かとスケジュールがぶつかり幾度となくやりたい事・行きたいイベントの参加を見送らざるを得なかった。また、異常なくらいの過密スケジュールと異常な仕事量をこなした一年だった。当然ながら残業云々は数多の企業のそれと、さほど変わらないはずである。

 

救いとなるのは、それを言える仲間(身内)が居る事だと思う。愚痴は良くないという世間体も大事だが、仲間内で笑い飛ばすという儀式は、立派な人達でさえもやって来た事ではないかと思うのは私だけだろうか。

 

仲間内と過ごしても愚痴一つこぼさなかったという聖人の様な企業人に私はまだ出会った記憶がない。

 

少なくとも私は仲間内だけには本当の事を知っておいて欲しいと思うし、そんな弱さも馬鹿さ加減さえも晒していいと思う。それが本当の仲間だと思う。遊ぶだけが仲間ではない。

 

こうして厄が明け、年が明け、新年を迎える事が出来たからには、

 

「今年こそ、とことん本気で物事に臨む!」

 

と覚悟と決意を新たにした次第である。

 

いつだって本気なのだが「今年も」としてしまうと変われなくなりそうなので、信念を曲げずに精いっぱい足掻いて貫き通していくのは生涯変わらぬ私の目標である。