2019年日本水泳・水中運動学会年次大会の企画として,「世界と戦うための強化プラン」と言うテーマで,萬久博敏先生が司会を務め,国内トップコーチである太田 伸氏(枚方スイミングスクール),奥野景介先生(早稲田大学),下山好充先生(新潟医療福祉大学)によるパネルディスカッションが行われた。
 
様々な観点からディスカッションが展開され,トップコーチならではの興味深い話が聞けて,1時間半のセッションがあっという間に終わったという感じだったが,特に印象に残った点について,若干コメントを,,,
 
強化プランを立てる上での基本的なコンセプトについて問われると,,,
 
小学生から高校生を主に指導する太田氏からは,オリンピックに向けた4年サイクルを意識はしつつも,最も大切にしているのが,とにかく「日々の練習を全力で頑張る事」であると言う.そのためには,同じことを繰り返していたのでは直ぐに飽きてしまうので,毎回違うメニューを取り入れつつ,そのメニューに個々の選手の具体的目標を明記し,みんなの目に触れるようにすることで,本人はもとより一緒に練習する仲間にも意識づけさせるようにしているという.また,以前は「大学に入ってから伸びてくれれば良い」と言う思いから,ストレングストレーニングやスイムトレーニングのボリュームに関して配慮してきたが,今は,現時点でできるベストのトレーニングを課して,目標を達成する成功体験の積み重ねを重視されているようである.
 
TOKYO2020 で金メダル獲得を狙うトップ選手をコーチングされている奥野先生は,3~4年の長期的な成長プランを念頭に置きながらも,単年度ごとにベストを出していくことを重視しているという.とは言え,常にベストを出すことは不可能だし,モチベーションを維持させることが一番難しい.そこで「ワクワクドキドキ感」が出るような目標(達成確率50%位)を設定させ,それに向かって努力させることが大事という.そしてオリンピックに手が届かない選手に対しても,目標を一歩一歩クリアさせて,オリンピックに出れそうという実感を待たせるよう指導していると述べられた.
 
下山先生は,新潟医療福祉大学に赴任されたのち,ゼロから水泳部を立ち上げ,15年かけて女子団体のシード権を得るまで,どのような強化プロセスを辿られたのか?データも交え,詳しく説明された.一番興味深かったのが,大学トップからの「とにかくオリンピック選手を出せ」というオーダーに対して,超有望選手を勧誘して,実質3年半で五輪出場をさせるのは現状無理と考え,将来性のある選手に対して大学卒業後も大学職員として練習を継続できるよう環境を整え,5~6年のプランで強化する体制を構築できたのが成功につながったとする話.
 
その他,各コーチの発言でなるほどと思ったのが,普段の指導の中でどこに注目しているかという問いに対する回答.奥野先生は,「泳ぎのしなやかさ」だという.まずは泳ぎ全体がスムーズでしなやかであることが大事で,その次に腕のかきや姿勢について注視していくのだと発言された.ややもすると,腕のかきはこうだとか,キックのタイミングがどうだとか,細部に目が行きがちだが,やはり一流のコーチは目の付け所が違う.
 
また勝てるチームにするための組織論に関する下山先生の見解が面白い.下山先生のところでは,通常のコーチングスタッフに加え,大学の特徴を活かして理学療法士や栄養士,さらには医師などのサポートを受けられる体制を構築しているが,うまく機能させるための肝は「越権行為をしないこと」とおっしゃった.その心はというと,良かれと思って,自分の持ち分を超えて選手にアドバイスすると,時にはそのアドバイスが仇となって他のスタッフの不信感をかうこともあり,巡り巡って組織がうまく回らない原因となるだそうだ.
 
これ以外にも,非常に有益な話が満載で,とても紹介しきれないが,いずれにしてもお三方とも日本を代表されるトップコーチなだけあって,すべての発言が的を射ており,なるほどねと思わせる語りばかり.加えて,今回は萬久先生が司会を担当され,本来ならご本人のコーチング哲学についても語っていただきたかったところであるが,ファシリテーター役に徹しられて,各コーチから深くていい話を引き出された手腕は大したものだと感服した.
 
                             記
日時:2019年10月20日(日) 13時~14時30分
場所:味の素ナショナルトレーニングセンター

司会:萬久博敏(鹿屋体育大学)

パネリスト:奥野景介(早稲田大学)
      下山好充(新潟医療福祉大学)
      太田 伸(枚方スイミングスクール)
                                                     以上
萬久博敏先生(鹿屋体育大学)
太田伸 氏(枚方スイミングスクール)
奥野景介先生(早稲田大学)
下山好充先生(新潟医療福祉大学)