理研発生・再生科学総合研究センターの笹井芳樹副センター長が
自らの命を断ったとの報道を見て、「そこに行き着いたか?」との諦観にも似た残念な気持ちでいっぱいだ。
小保方氏のSTAP細胞論文に関わる一連の騒動については、
決して対岸の火事ではなく、研究者は皆、身につまされる思いをしていたに違いない。
そして、その結末が「エリート研究者の自殺」と言う、
だれも望まない、最悪の結果に繋がったことは、なんとも痛ましい。
論文に不正が有ってはいけないというのは大前提だが、
たとえ権威ある雑誌だとしても、掲載後に誤り(単純ミスを含む)が見つかるのはよくあることだ。
もっと悪質で、剽窃(ひょうせつ)やデータを捏造(ねつぞう)するなど、
意図的に不正を働いて論文を書いたとしても、
いずれそれらは発覚し、その論文はネグレクトされ、その研究者も場合によってはパージされる。
これが研究者間の理(ことわり)で、それ以上でもそれ以下でもないはずだ。
高度に専門的な分野の不正について、素人が騒ぎ立てても、全く非生産的であり、
下衆の勘ぐり(げずのかんぐり)を増幅させるだけである。
今回は、その下衆の勘ぐりが日本の頭脳とされる逸材を死へと追いやったことは明白である。
もし笹井氏が生きて汚名を晴らすために、さらに研究に打ち込んだならば、
今後、どれだけ多くの命を救えたか?計り知れない。
これを無駄死と言わずしてなんというのか!残念でならない。