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 北京五輪において野球は、最終日を迎え、日本は結局4位に終わった。

 マスコミは、「日本野球惨敗」などと評するものの、野球関係者やファンには申し訳ないと思うが、私は当然の結果だと思う。

 それはなぜか?

 これまでの日本チームの戦績を見ると、
1984年 ロサンゼルス  金メダル(公開競技) 
1988年 ソウル      銀メダル(公開競技) 
1992年 バルセロナ   銅メダル(正式種目昇格)
1996年 アトランタ    銀メダル
2000年 シドニー    4位(プロ参加解禁、8名プロ)
2004年 アテネ     銅メダル(全員プロ選手)
2008年 北京      4位(全員プロ選手)
 現行どおり、プロ選手の出場が解禁されたシドニー五輪以降、日本は4位あるいは3位に甘んじているが、これが日本の実力と捉えるべきであろう。

 全員プロ選手で望んだアテネ五輪においては、日本は準決勝において0対1でオーストラリアに惜敗し、3位決定戦にまわった。
 
 それから4年が経ち、再び日本は五輪の舞台に立ったが、4年前の敗戦から学んで、何かが改善されたかといえば、何も変わっていないのではなかろうか?

よって北京五輪における、4位も実力相応で、「金メダル候補」は、マスコミが勝手に作った幻想に過ぎないと思わざるを得ない。

 私は野球に関しては素人であるが、全員プロ選手で固めたからと言って、勝てるほど『世界』は甘くはないだろう。

 シドニー五輪(2000年)の際には、プロの参加が解禁されたものの、日本野球機構(NPB)内の足並みの乱れから、プロ選手が8名しか参加できなかったため、優勝を逃したと弁明した。次のアテネ五輪(2004年)の際には、全員プロで望むものの、五輪直前に長島監督が脳梗塞のために入院したため、求心力を維持できず、優勝を逃したと言い訳した。

 よって、「全員プロ選手で、監督もしかるべき人物が務めれば、日本野球はオリンピックで優勝できるに違いない」と希望的観測をぶち上げるのは、勝手であるが、その実優勝するための対策を練ってきたかといえば、素人の私にはまったく見えてこない。

 それどころか、五輪直前になって、適用ルールが変更され「タイブレーク制」が導入されることとなり、星野監督は「寝耳に水だ」と驚きを隠さない。

 これこそ、まさしく五輪で勝つための準備ができていない証左である。

 日本にとっては、「突然のルール変更」かもしれないが、これは明らかな情報収集能力不足が露呈した結果である。

 さらに予選で苦戦したにもかかわらず、韓国に対する対策が十分にされたかと言えば、五輪メンバーでの合同練習もままならない現状では、お寒い限りである。

 その根本には、日本における「野球」の特異性があるのではないか?

 日本における「野球」は他のスポーツに比べると別格である。

 たとえば、「野球」の高校日本一を決めるいわゆる「甲子園」は、全ての試合がテレビ放映される。こんなスポーツは他にはない。

 「野球」は、日本の国民的スポーツであるが、余りにもドメスティック(井の中の蛙)で、『世界』の「ベースボール」との乖離ははなはだしい。

 今回の惨敗の原因として、「ストライクゾーンの違い」を上げるマスコミもあるが、そんなことが、『世界』と戦うときに理由になるわけがない。

 結局、日本は「野球」には長けているが、「ベースボール」には十分対応できなかったと断じざるを得ないのではないか?

 「野球」とは好対照に、女子の「ソフトボール」は、絶対的王者の米国を最後の最後に破って優勝した。

 「ベースボール」は、次のロンドン大会から正式種目から外れてしまうが、きっと「野球」はそれなりに人気種目として、日本では生き残っていくのであろう。

 その良し悪しは問わないが、内なる野球と外なるベースボールの違いをまざまざと見せ付けられた北京五輪であった。